漁師 ラカンパネラ。 広瀬すずも思わず涙!漁師が52歳から7年間ピアノを猛特訓、超難曲「ラ・カンパネラ」を披露

漁師のピアニストのカンパネラの演奏は、音大出身の方々はどのように...

漁師 ラカンパネラ

佐賀市川副町犬井道、徳永義昭さん(58)はピアノを始めて6年。 それでも、ピアニストでも難しいというリストの「ラ・カンパネラ」を1年目から弾けるようになり、今も徐々に完成度を上げている。 「おやじの挑戦」は、演奏を聴いた人や、インターネットの動画を見た人から喝采を浴びる。 ピアノに手をそっと添える。 優しく鍵盤をたたき、曲が始まる。 しばらくすると、右手と左手があっちへ、こっちへ。 指で白鍵、黒鍵をはじく速度が上がっていく。 徳永さんは9月下旬、福岡市の博多高校で生徒約30人を前に演奏した。 さらにノリの仕事を説明し、手品も披露して盛り上げた。 呼んだのは、ピアノを通じて知….

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ピアノ弾き漁師の徳永さんラ・カンパネラ以外の動画は?XJAPANのForeverLoveも?

漁師 ラカンパネラ

今日は、久しぶりに冬らしい天気になりました。 でも、気持が引き締まって良かったという事にしましょう。 最後に出てきた漁師のおじさんが、『フジコヘミングさんに、パネラを聴いて欲しい』の願いが叶った時には、大号泣してました。 全く、ピアノを弾いたことがない50過ぎのおじさんが、フジコヘミングさんが弾く『パネラ』を聴いて感動して、それから毎日仕事以外はピアノに向かい、ひたすら練習したそうです。 楽譜が読めないので、自動伴奏で鍵盤が光るのに合わせて、一音一音指で覚えて・・その作業を何年も、ただひたすら続けたと・・「毎日8時間、何年もやって、もう~手が勝手に動くとです。 」と仰っていました。 音楽をやっている人なら知っている事ですが、プロのピアニストにとっても超難解な曲で、弾いてみたいという事が、そもそも無理だとわかります。 しかも『パネラ』を弾く第一人者として、世界的に有名なフジコヘミングさんに聴いてもらいたいなんて、無謀でしかありません。 もう、その冒頭の話を聞いただけで泣けてきました。 フジコヘミングさんのコンサートが終わった後、楽屋に呼ばれたおじさんは、本人を見て、涙を流しました。 驚きながらも「私の弾くパネラを聴いて下さい。 」と言うと「もちろん、聴かせて頂きたいです。 」と言って本人の前で弾き始めました。 弾き終わるとフジコさんが「ブラボー」と言って拍手して下さって「あなたの生き方が現れていて、とても素晴らしかった。 」「ピアノを弾いた事無い人が、この曲を弾けるなんて、信じられない。 」と仰いました。 そして「こうやって弾くのよ・・」と言ってカンパネラの最後の部分を弾いて下さいました。 それを聴いたおじさん「いやーカッコよかですねー。 」「こんな事・・奇跡のまた奇跡の様なことで・・・でも、いくつになっても、夢は掴む事ができるとです。 若い時、音楽を諦めたんじゃなくて、自分がやろうとしなかっただけだと思いました。 どんな状況でも、自分が強く思っていたら、自分の気持を貫いてたら、続ける事は出来ただろうと思いました。 やる気がなかっただけだと思いました。 毎日ひたすら、同じ曲を練習していた学生の頃を思い出しました。 貫くのか止めるのか、諦めるか諦めないかで、その後の生き方は、大きく違ってしまいます。 常識とか、周りの声に振り回されず、ひたすら自分の思いを貫いた姿はカッコいいと思いました。 大人になると、自分がどう観られるか、どう言われるか・・・そんな事ばかりが気になって、夢を諦めてしまいます。 やる前から『どうせ、無理だろう』と思ってしまいます。 それは、無理な事じゃなくて、自分がやろうとしないから無理になるんだと思いました。 一生懸命頑張る事が、面倒くさいような、恥ずかしいような気持になります。 息子に、「人のことなんか、気にする事ないよ。 堂々としてればいいよ。 やりたい事はやればいいんだよ。 」と、言われた事を思い出しました。 子育てを言い訳にして、自分の事は後回しでいいと思っていましたが、自分自身が、楽したがりで、怠け者なだけだった事に気づきました。 「出来るかどうかは別として、本気で挑戦せんかたら、死ぬ時後悔すると気づいたけえ、気が済むまでやってみるわ。 」と息子からLINEが来ました。 後悔しない生き方をしている手本がすぐ傍にいました。 今の私には・・・自信を持って言えることが、何も無いです。 寒い日が続くようです。 体調に気をつけ過ごしましょう。

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ラ、カンパネラをピアノで弾く 努力 何点?

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ピアノコンクールでの徳永義昭さん(左)(徳永さんのFacebookより) 「有明海は干・満の差が激しくて、海面が6メートルも上下します。 ですから干潮のときは、海苔の網が完全に海から上がって乾いてしまう。 この際にしっかり殺菌されるので、やわらかくていい海苔が育つんです。 寿司を巻いた有明の海苔は、口のなかで溶けてしまう。 だから旨いんです」 その海苔の摘み取りは、水が冷たいこの季節が最盛期。 夕方の5時に海に出て11時まで作業。 翌朝は5時~11時まで海に出る。 潮の満ち引きに合わせて、厳しい海苔漁師の日々が続きます。 「海苔漁は毎年9月~3月まで。 4月~8月はヒマなんです」…こう言って笑う徳永さんが、かつてハマってしまったのがパチンコでした。 「朝9時半に店の前に並んでね、10時の開店から6時までびっしり、毎日8時間打ちました」 パチンコのために徳永さんが用意した軍資金は、70万円! しかしある年、その70万円をたった2ヵ月で使い果たしてしまいました。 徳永さんは、妻の千恵子さんの財布に手を出すようになったと言います。 「リストの手が並外れて大きかったので、あんな曲を作れたのだ」という珍説を唱える人もいるほどです。 ピアノ講師の妻、千恵子さんは「この曲を弾きたい」という夫の無謀な夢を、「バカなの? 絶対に無理!」と思ったと言います。 しかし、1度こうと決めたら何事も徹底してやるのが、徳永さんの性格。 「家に女房のピアノがあったものですから、ポロポロさわってみたのです」 楽譜も読めない、楽器の経験もなし、奥さんも取り合ってくれない。 そんな徳永さんの唯一の友は、YouTubeの映像でした。 ポン、ポロ、ポロ、ポン…音を拾いながら指に記憶させる、地道な練習です。 4~5秒程度をワンフレーズに区切り、右手で2時間、左手で2時間、両手で4時間。 徳永さんはパチンコに費やしていた1日8時間をすべて、ピアノに注ぎ込みました。 海苔漁でかじかんだ指先は、お湯につけて動くようになってから弾きました。 黒鍵と黒鍵の間にはさまって動かない漁師の太い指…。 「それは、自分流の押さえ方で弾きました」と振り返る徳永さん。 数々の困難を克服し、途中でかかった腱鞘炎の痛みにも耐えて、7年が経ちました。 徳永さんはついに最後の鍵まで辿り着いたのです。 「ラ・カンパネラを弾ける漁師がいる!」というウワサはたちまち広がり、取材が殺到しました。 しかし、徳永さんは言います。 「私はピアニストが弾くといった意味合いで、カンパネラを弾けると言ったことは1度もありません。 小さなテクニックのことを考えれば、まだまだです。 飲み屋のおねえちゃんの前で弾いたらモテるだろうなとか、子どもたちに聞かせたらビックリするだろうな、という思いで始めたピアノなのですから。 でも女房に『ここまでできたよ』と言うと、褒めてもらえたんです。 それは嬉しかったですね」.

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