和菓子 職人 求人。 Umami Art 室町アートアクアリウム店 求人情報

和菓子職人

和菓子 職人 求人

ご応募どうもありがとうございました。 お彼岸にはおまんじゅう、秋にはお祭り用のおもち。 奈良県のでたったひとりの和菓子職人である、上北 うえきた さんは71歳。 観光客向けのお土産や、地域の季節行事にあわせた和菓子をつくり続けています。 今回募集するのは、上北さんに弟子入りして村の特産品となる和菓子をつくっていく仕事。 十津川村の臨時職員として村が用意した住宅に住みながら、和菓子をつくる修行を最長3年間行います。 修行が終わったあとは、上北さんのお店を継いでいく形になるかもしれないし、独立して村でお店を持っていく形になるかもしれません。 和菓子づくりと、村での暮らしに興味がある方は、ぜひ読んでみてください。 日本で一番広い村と言われている十津川村は、白浜空港から車で2時間ほど。 十津川沿いの道を走っていくと、上北さんのお店である「福屋利久」が見えてきます。 源泉かけ流しの温泉や、世界遺産である熊野古道小辺路があることで、年間70万人程の観光客が毎年訪れている十津川村。 村にもうひとつあった和菓子屋が数年前に無くなり、たったひとつの和菓子屋となったのが、福屋利久です。 こうした職人さんの後継者を、村の臨時職員として雇いながらバックアップしていくのは、村としてもはじめてのこと。 まずは、和菓子職人の上北さんに話を聞いてみました。 「和菓子を教えてくれた親方が、もともと十津川出身の人なんです。 うちの親父が、親方の山や土地の守りをしていたこともあって、『ひとり弟子にくれんか』と親方から声がかかってね。 六人兄弟の四男だったわしが行くことになったんや。 中学を卒業してすぐに和歌山県新宮市に出て、修行しててね。 」 和菓子をつくりはじめて50年以上になりますね。 「十津川に戻ってきて和菓子屋をやりはじめたのは、まだ15年くらいやね。 30歳くらいに大阪に出て、自分の店を持っていたんや。 けど、神戸の震災が起きたり、O157が流行したりで、街の調子が下がったこともあってね。 いい機会だと思ってこっちに戻ってきたんだよ。 村のお土産は、干しシイタケみたいなもんしかなかったから、お茶菓子みたいなものがつくれたらなと。 」 そうしてできたおまんじゅうや和菓子は、今では約20種類ほど。 よもぎや、きのこなど、地元の食材を使っているものも多い。 現在は、上北さんと、包装などを手伝うパートさんだけで、製造や販売を行っている。 お土産として村の旅館や道の駅等に卸しており、GWや夏休みなど、観光客が増える時期はとても忙しいそう。 「忙しさは、やっぱり地域の行事と連動してるね。 観光客が増える時期はもちろん忙しいけど、地域の人たちの行事に使うお菓子も、全部うちでつくっているから。 秋祭りのときにみんなが餅つきをやるから、その餅を用意したり。 そういう意味では、年間でずっと同じものをつくっていくのではなくて、季節にあわせてだね。 」 地域の旅館や住民からだけでなく、百貨店からも話があるそうだけれど、いまは生産数に限りがあって難しいそう。 これも、地元のお祭りでつかわれるお餅。 祭りのときに、お餅をまく風習が十津川にはあるそうで、おめでたい紅白色になっている。 今回募集するお弟子さんは2人。 和菓子づくりの経験者でなくても、やる気があれば大丈夫とのこと。 お店を後継してくれる人がいたらもちろんうれしいし、村での独立も歓迎だそう。 その2人が、ゆくゆくは一緒にお店をやるなんてことも、いいかもしれない。 「経験者だったら、1年くらいここでお手伝いして独立できるかもしれませんね。 経験者でなくても、基本のことは教えたる。 あとは、見て盗んでいける人がええかな。 つくり方のマニュアルなんかがあるわけでもないし、俺も昔の職人やから。 」 技術を覚えるための期間は、毎年更新しながら、最長3年まで。 その間は、十津川村の臨時職員ということになるため、村役場が用意した住宅にも無料で住むことができる。 決して高い給料とは言えないけれど、贅沢さえしなければ村では十分に暮らしていけるそうだ。 「やる気があるのはもちろん、甘いもんが好きな人でないと、あかんわな。 自分のつくったものを味見せないかんし、いろいろなものをつくっていくには、よそのまんじゅうも食べてみないかんし。 」 この募集は村に住んでいる人も応募できるけれど、上北さんも村役場でも、できたら村の外から人が来てほしいと思っている。 「山に囲まれた土地やし、村の人たちはちょっと閉鎖的なところがあるからね。 ずっと住んでいる人だけだと、なかなか新しいものができないと思うんや。 よそから新しい人をいれて、ごちゃごちゃ混ざってくれるとええなあと。 」 村役場の観光振興課で働いている、増谷 ますたに さんにもお話を聞いてみた。 「人口は、多いときは15,000人くらいだったのですが、、今は4,000人を切っています。 村に残りたいという人もいますけど、働く場所がないので出ていかざるを得ないという状態なんです。 村としてもなんとか働く場をつくりたい。 」 「十津川は日本一広い村で、素材は結構たくさんあるんです。 ただ、それを活かしきれる人がいませんので、地域の素材を活かしていけるような人材を育成していきたい。 それを村役場でサポートしていきたいんです。 もしも上北さんがいなくなってしまったら、地元の和菓子というものが何一つなくなってしまう。 だから、今のうちに後継者を探していきたい。 」 そう話す増谷さんは、Uターンで十津川に戻ってきた人のひとり。 いったんは奈良に出て就職したものの、十津川村でホテルをオープンしようという話が会社の企画として持ち上がり、担当として村に帰ってきたのが30歳のころ。 3年ほどかけてホテルを軌道にのせたあとに、役場に入ったそう。 10年ほど前に世界遺産として登録された、熊野古道小辺路などの観光名所のPRなどに力をいれてきたそうだ。 「もともと、いなか暮らしのような生活が好きなんですよ。 自分の家も地元の木で、地元の大工さんに建ててもらい、お風呂やストーブも薪。 お米も自分でつくっています。 もちろん、村での暮らしは教育や医療など、ハンディがある部分もありますけどね。 」 この村の、どういったところが好きですか? 「やっぱり、助け合いながら地域でいろいろなことを一緒にやっていくという面ですかね。 一緒にお米をつくったり。 都会は、隣に誰が住んでいるかわからなくても生活できるけど、ここはそれができないんです。 山からひっぱってきた水を、みんなで分かち合って飲んでいるような地域ですからね。 まわりと仲良くしないと、生活ができない。 そこがいいところでもあるんです。 」 そういうふうに、住んでいるところを維持するためにみんなで水をひく道や山を整備していくような活動を、この地域では道普請(みちぶしん)というそうだ。 増谷さんも積極的に参加している。 「将来は、農家民宿をやりたいのです。 温泉もあちこちにあるし、都会にはないものがありますからね。 山仕事をしてもらうとか畑仕事をしてもらうとか、本当のいなかの暮らしに触れてほしいなあって。 」 Iターンで神奈川県の川崎市からやってきたという、観光振興課の神谷 かみや さんにもお話を聞いてみました。 「大学生のときの卒業研究で、十津川に2カ月くらい滞在していたんです。 イノシシとか鹿が畑を荒らしてしまう被害について、地元のおじいちゃんやおばあちゃんに聞いてまわっていました。 その中で、都市の子どもに農村文化を体験させる事業をやっている人と知り合って、一緒に働かないかと声をかけてくれたんです。 」 「自然環境もいいし、昔ながらの人と人のつながりや文化慣習が残っている。 そういうところで生活したいなという気持ちがあった。 大学を卒業してすぐ、こちらに移り住んできました。 」 最初の3年は、そうして地域活性化の事業に携わっていたという神谷さん。 その後、役場の試験を受けて職員になり、村に住んでからもう6年目だという。 「神奈川の川崎で育ちましたが、マクドナルドや吉野屋などのチェーン店が増えて、どこもかしこも同じような景色になってしまって。 ここに住んでいても、土地に対しての誇りみたいなものを、持てないなと思ったんです。 もし自分に子供ができたときに、自分の地域の良さを話せないのは、あんまり格好良くないなとも思いました。 」 だいぶ生活環境が変わりましたね。 「携帯がすぐつながらないとか、居酒屋もコンビニもないとか、そんなのは承知で来たんです。 それ以上に、自然の様子が季節ごとに移っていく美しさとか、花の匂いや鳥の鳴き声、一日の中で風景が変わっていくことなどがすごくいいなあと。 」 「十津川は、集落ごとに特徴があるし、そこにしかないものがいっぱいあると思うんですよ。 昔からずっとやっているお祭りだったり。 こんな村なんだよって、人に説明できるし誇れる。 それは嬉しいですよね。 」 最近は、いったん離れてから数年して十津川に戻ってくるなど、UIターンの若い人たちも少しずつ増えてきているそうだ。 「自然のよさや昔ながらの文化慣習は、日本の田舎だったらどこにでもあるかもしれません。 僕の場合は、同じ若い世代に、志を持った人がいるっていうのが、地域に移住するのを決めるために、すごく大事でしたね。 」 「頑張っているおじいちゃんおばあちゃんたちもいるけれど、いずれは見送らなきゃいけないときが来るかもしれない。 一緒に年を重ねていけるような人がいたら、この村でずっと頑張れるなと思ったのですよ。 」 東京で職人に弟子入りすることも、面白いと思う。 けれど、ここでの和菓子職人への修行は、一風ちがったものになると思います。 自分自身も村で暮らすことを楽しみながら、お祭りや村人の生活に寄り添って、お菓子をつくっていくということ。 両方が楽しめそうな人は、ぜひ十津川を訪れてみてください。 ・取得した個人情報は、採用選考にのみ使用します。 ・選考プロセスは変更になる可能性があります。 ・不採用理由についての問い合わせにはお答えできませんのでご了承ください。 その他 雇用形態は、採用の日から平成28年3月31日まで。 1年単位で更新し、最長平成30年3月31日まで.

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和菓子職人の気になる?年収・給料・収入【スタディサプリ 進路】

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和菓子職人さんへ 20代前半の会社員です。 和菓子職人になりたいと思っております。 質問なのですが、 1、原材料を入れる20~30KGの力仕事はありますか? 2、菓子を整形していく段階でかなり力のいる作業はありますか? 3、職場は暑いor寒いですか? 4、体力はかなりいるほうだと思いますか? また、皆様は学校卒業後すぐに和菓子店に就職なさったのですか?それとも転職されたのですか? 現在和菓子の知識についてはほぼ皆無な私です。 学校で勉強したほうがよいのかどうか迷っております。 どうか回答のほどよろしくお願いします。 やはり学校へ行ったほうがよさそうですね。 私は女性なのですが製造をしたいです。 会社によっては1のところで差別されたりしないでしょうか?現在はがんばって20kg床から持ち上がるかどうかの力です。 これから筋トレをしてがんばれば認めてもらえるようになるでしょうか? 補足見ました。 女性だからといって差別はないと思います。 以前勤めていた職場に女性がいましたが、力仕事は男性陣に手を借りたりしていました。 しばらくするとちょっとしたコツがわかったり、力の入れかたもわかってくるでしょう。 頼ってばりもいらないので 笑 しかし、女性で男性並みの製造となると求人が少ないと思われます。 逆に、求人がある職場なら、女性に配慮があると考えられるので心配しなくていいのではないでしょうか。 女性がやっているお店もあるので、できない仕事ではないですよ。 どれも職場の規模ややり方によって違いますが私の知っていることで回答します。 1 20~30キロの砂糖袋や粉袋は持ちますね。 小豆や一斗缶の水飴も重いですよ。 番重に入ったあんこも重いです。 2 成形というかあんこを炊く時に多少、力がいりますね。 まんじゅう丸めたり、どら焼き焼いたりするだけならあまり力はいりません。 3 工場は床がコンクリートの所が多いので、冬は寒いです。 夏は、火を使う仕事の時は暑いです。 あんこ炊いたり、どら焼き焼いたり。 エアコンがあるところもありますが、あまり効果はないです。 4 体力はいると思いますが、やっているうちに、重い物も持てるようになるし、力仕事のコツがわかってくるので心配ないです。 和菓子職人を目指すならば、専門学校をお勧めします。 専門学校卒のほうが就職もしやすいと思います。 私は、高校卒業して専門学校に行きました。 知恵袋で見ていると、専門学校なんて無駄だから直接就職した方がいいという意見を良く見ます。 確かに、学校に行く1、2年間分の仕事の差ができますが、基礎的な技術や材料の事、衛生面の事、などが身につきます。 何より、和菓子屋さんになろうっていう仲間が全国から集まってきます。 年齢差はありますが、一生の友達ができます。 私が入学したときに会社を辞めた人や大卒の人などの同級生がいました。 なかなか会えませんが、またに会ったり電話したりしても、同じ仕事をしているので、アドバイスしたりされたり、なんでも話せるよい仲間です。 はじめまして^^ 1、原材料を入れる20~30KGの力仕事はありますか? 必ずあります。 2、菓子を整形していく段階でかなり力のいる作業はありますか? あります。 3、職場は暑いor寒いですか? 夏はとても暑いです。 冬はちょっぴり暖かいです。 4、体力はかなりいるほうだと思いますか? そうは思いません。 慣れがとても重要です。 慣れるまで頑張れば、体力の無い人(私)でも十分にこなせます。 専門学校は知識の場、 修行(仕事やり始め、最低でも3~5年は修行と考えるべきです)は経験の場。 全く違う場です。 よって、もちろん両方の道を通られた方が良いです。 学校では先生からの情報やデータベースからの情報で、 全国の名だたる職人さんやお菓子屋さんの事を知ることができますから、 卒業後に修行をお願いしに行く選択肢がより鮮明になるでしょう。 「ある程度」の調べで最初のお店を選ぶのは決してお勧めできません。 人生の大きな部分に影響する選択だと思います。 私(30代前半)はこの仕事、大好きです^^ 和菓子の道に進むことを決められたら、楽しむために頑張って下さいね^^ ちなみに、上手に修行するコツは・・ 専門学校で学んだ事をはりきって出さないことです。 全くのゼロから師匠に教わる姿勢がコツですよ。 力の問題は慣れで片付きます。 慣れるということは力の入れ方が上手になる、力も付いてくるということですから。 差別という表現は誤解が生まれます。 どうしても男性が多い職場ですので、周囲が気を使うことは実際あります。 ただ、腕利きの職長さんのお店や著名店の中には、 女性の職人さんを多く雇用している所があります。 女性のみの所も何件かあります。 お店を選ぶ時期になったら、そこで働かれている先輩に話を聞くのもいいですね。 学校に通っている間は、どこにも属さないフリーな立場ですので、 より客観的な話が聞けると思います。

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仕事ファイルNo.56 和菓子職人

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京都を代表する創業100年の老舗の老舗和菓子店 明治32年創業の京生菓子・赤飯などの専門店。 お客様には常に新鮮な状態で味わっていただきたい、そんなこだわりからその日に作ったお菓子はその日に食べていただく昔ながらの餅屋です。 創業から変わらない製法で和菓子職人が一つひとつ丁寧に作り上げる老舗で製造スタッフを募集します! シンプルに素材本来の風味を活かした昔ながらの製法 餅菓子や最中や団子など、常時10種類の生菓子を揃え、季節により約80種類が入れ替わりますが、中でも看板商品は豆餅。 お客様のほとんどが購入する人気商品で平日でも朝からお客様が行列をなすほどです。 材料は、存在感抜群の北海道の赤えんどう豆や十勝産の小豆をはじめ、餅米、砂糖、食塩といたってシンプル。 だからこそ素材の味を大切にした製法が重要となります。 製造スタッフとして昔ながらの技法や素材の扱い方に触れることができます。 40年在職するするスタッフもいる定着率の良い環境 既存スタッフは和菓子の経験者からパン職人出身、さらに未経験からスタートしているスタッフなど様々です。 そしてセクションはしっかりと分かれており、ひとつひとつの業務をじっくりと深めていくことができます。 丁寧且つ正確に、そしてスピーディーに取り組み、毎日自分自身で変化をつけながらヤリガイを見つけていきましょう。 40年在職するスタッフもいるようなとても定着率の良い職場環境です。

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