吾輩 は 猫 で ある 内容。 吾輩は猫であると野沢那智

「吾輩は猫である」の結末

吾輩 は 猫 で ある 内容

「吾輩は猫である。 名前はまだない」(『吾輩は猫である』より引用) 吾輩は猫であるの冒頭の有名な文章です。 この文章を皮切りに物語はスタートしていきます。 主人公である吾輩は、猫であり、名前がありません。 名前がないことは、人間の視点で考えると、あやふやな者として存在していることを連想させます。 そんな「吾輩」という独特な一人称の猫。 その人間を違う生物として客観的に見る存在から、人間生活の様子が描かれます。 主人公である吾輩は生まれてすぐ、一度人間に捨てられました。 生きるために仕方がなく苦沙弥(くしゃみ)家に住み着いたのです。 始めは、人間を軽視し、馬鹿にしていた吾輩ですが、徐々に彼らを認め、尊敬するに値する存在と認めるようになります。 そして最後は人間に憧れをいただき、人間のように生活をしたいとまで考えるようになるのです。 「吾輩は猫である」には特にストーリー性はありません。 人間生活を独特な一人称で吾輩が語っていくだけ。 そして人間に憧れを抱いてしまった吾輩は最後にどうなってしまうのか。 結末は予想もしない衝撃的な展開が待っています。 吾輩は猫であるに登場するキャラクターが非常にユニークで作品に温かみを与えてくれる存在ばかりです。 ここでは、「吾輩は猫である」にどんなキャラクターが登場するのかをご紹介いたします。 吾輩 猫ではあるが、ずっと一人称で吾輩と言い続ける猫。 まるで自分が人間であるがのごとく話す口調が特徴です。 人間を客観的に見る独特の視点がストーリーの奥ゆかさと面白さを醸し出しています。 見事な博識っぷりには敬服するばかり。 後述する、三毛子に恋をしています。 珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ) 「吾輩」の飼い主になった中学校の英語教師。 夏目漱石自身がモデルであったと言われています。 妻と3人の幼い子どもがいて、非常に多趣味。 胃腸が昔から弱いです。 迷亭 苦沙弥の友人で、しょっちゅう彼の家に上り込んできます。 嘘話をして苦沙弥の神輿をかついで楽しむという悪趣味の持ち主です。 美学者である大塚保治がモデルであると言われていましたが、この件は、夏目漱石本人が否定したそうです。 金田鼻子 近所に住む実業家である金田の妻。 巨大な鼻が特徴で、吾輩は金田夫人のことを鼻子と名付けました。 この人物は、明治時代の落語家である三遊亭圓遊を参考にして創作されたとも言われています。 金田富子 金田の娘です。 とてもわがままな性格をしています。 金田夫人に似ていなく鼻は大きくありません。 演奏会で後述の水島寒月に一目惚れします。 水島寒月 苦沙弥の旧門下生で理学士をしています。 バイオリンを趣味としており、お金があり頭もよいです。 金田富子との縁談話が持ち上がっており、彼も彼女に演奏会で一目惚れ。 つまり、金田富子と水島寒月はお互いに一目惚れし、両思いになるのです。 モデルは寺田寅彦と言われています。 越智東風 水島寒月の友人です。 金田富子に憧れを抱いており、寒月とは恋敵になります。 金田富子に新体詩を捧げましたが、残念ながらその想いが届くことはありませんでした。 三毛子 二弦琴の師匠の飼い猫です。 我輩のことを先生と呼んでいます。 とても器用であたまがよく、近所でも有名な美貌を備えています。 まさに才色兼備の猫。 吾輩は三毛子のことが好きでしたが、残念ながら三毛子はその気持ちに気づくことはありませんでした。 黒 車屋の飼い猫です。 大柄で乱暴な性格をしています。 わかりやすくいうとドラえもんに登場する「ジャイアン」のようです。 ねずみを捕るのが得意ですが、イタチが苦手。 吾輩が恐れている猫でもあります。 『吾輩は猫である』の魅力とは?結局、どこが面白い? 「吾輩は猫である」の作品の魅力はなんといっても物語が独特の一人称で語られている点と言えるでしょう。 「私は猫です」「ぼくは猫です」「吾輩は猫である」のニュアンスの違いがお分かりになるでしょうか。 同じ自己紹介をしているのにもかかわらず、「吾輩は猫である」はなんとも偉そうな感じがします。 本来はペットであり、人間から餌を与えられて生きている猫ですが、「吾輩は猫である」ということによって、人間より尊厳のある生物のように感じてしまいます。 そこがこの物語の魅力や面白さの一つと言えるでしょう。 「吾輩は猫である」と偉そうに語っていながら、人間に憧れを抱いていく吾輩の姿は、時に矛盾を感じながらも、独特なユーモアを生み出してくれる効果があります。 物語自体には特にストーリー性はなく、人間生活の日常以外の何物でもないのですが、吾輩が語り手になることで、普段気づかないような人間模様を気づかせてくれます。 本来、人間生活をしているときは、私たちは犬の世界がどうなっているのか、猫の世界がどうなっているのかなどは考えることは少ないと思います。 と同時に、動物も人間生活のことは考えないでしょう。 吾輩はというと、自分は猫であるのにもかかわらず、人間生活を一人称で語ります。 あたかも自分が人間かのように語っていくのです。 そこに、「吾輩は猫である」の構造上の歪みがあり、この独特な歪みが、この作品の特徴でもあり、魅力となって今世まで、名作として残されているのではないでしょうか。 こちらの作品は、読まずに聞けるオーディオブックで楽しむことができます。 今なら30日間無料! 「ながら聞き」ができるので、「最近、本を読む時間が取れない」方や「もっと手軽に楽しみたい」方におすすめです。 ストーリーの最後が意味するものとは?結末を解説! 吾輩は最初、人間界とはある一定の距離を置いて生活をしていました。 さらに言うと、人間を軽視し、馬鹿にするような発言を繰り返していました。 本作は、主人公をあえて猫にすることで、人間界を客観的な視点から描き、その素晴らしさや、恐ろしさを同時に描いています。 そしてそれらの日常を監察しながら、吾輩は最後にとうとう悟りを開くのです。 我輩は最後にビールを飲み、「ありがたいありがたい」と口にしています。 この発言から考えられることは、おそらく吾輩は人間のことを馬鹿にしながらも、苦沙弥家で暮らしていくうちに、人間には愚かさや欲深さはあるものの、それらを受け入れながら生活している人間に対して、憧れをいだき、いつの日か人間になりたい、人間のように生活をしたいと思うようになったのではないでしょうか。 本作は人間に捨てられたところからスタートしました。 人間に裏切られたことで、人間を信頼できなくなり、嫌いになった主人公。 彼は生きるために人間のもとで生活をすることを選びますが、そこで「本来の人間の姿」というものに気づきます。 それが吾輩にとって、人間への憧れを抱かせるようになり、さらには自分を同様の存在だと思うまでにさせるのです。 これは、結末で吾輩が生きることを諦め、人間のように南無阿弥陀仏を唱え、「ありがたいありがたい」と発言しているところからも見受けられます。 吾輩は最後まで名前を手に入れることはありませんでした。 もしかすると、それが人間、憧れの象徴であると感じていたからこそ、あえて冒頭の一文で語られていたのかもしれません。 彼は猫であるにも関わらず、まるで人間のように考え、日々を過ごし、死んでいきました。 「吾輩は猫である。 名前はまだ無い」 (『吾輩は猫である』より引用) 作品の冒頭にこのセリフがあります。 この作品の有名な箇所ですね。 名前が無いということにより、吾輩自体を人間世界ではとてもあやふやな存在にしています。 人間界に存在はしているけど、存在は認められていないような独特なイメージを持たせる一文です。 この作品は、この一文に象徴されている印象すら感じさせられます。 「吾輩も日本の猫だから多少の愛国心はある。 こんな働き手を見るたびに撲(なぐ)ってやりたくなる。 こんなものが一人でも殖(ふ)えれば国家はそれだけ衰える訳である。 」 (『吾輩は猫である』より引用) 吾輩は心の中では人間を軽視し、馬鹿にし、愚かなどと思っていました。 しかし、このセリフをきっかけに、人間の良い面や地道に一生懸命生きる姿や、様々な知識や知恵を使いながら共存してく姿に感銘を受け始めます。 そして、このあとに「人間も人間として猫より尊敬を受けてよろしい」といったような発言をしています。 吾輩が人間を認めた瞬間です。 吾輩は「人間が自分の立場を自覚すること」を条件に、人間自体を肯定していきます。 人間は人間なりに尊重するべき点があると吾輩は述べているのです。 「ありがたいありがたい」 (『吾輩は猫である』より引用) このセリフは吾輩の最後のセリフです。 このセリフで『吾輩は猫である』の物語は締めくくられます。 吾輩はなぜこのセリフを吐いたのでしょうか。 それは、最初は軽視し、馬鹿にしていた人間に、吾輩が憧れを抱くようになり、最後は人間の生活でき、人間に近くことができたと自覚したため、このセリフを吐いたとも考えられます。 また、人間は愚かで情けないところも多いが、結局は素晴らしい存在だというこの作品のメッセージを感じとることもできます。 人間というのもの非常に肯定している作品とも捉えられるかもしれませんね。

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「吾輩は猫である」を読んだ感想

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道を歩いている時に、いきなり私の頭の中で外人の名前らしき音が浮かんできた。 それを口に出したわけじゃないけれども、私は「異言」というコトバを想起した。 まるで、身におぼえのない人名なのだ。 一体、誰なんだ? アンドレアデルサルト。 「アンドレアデルサルト、アンドレアデルサルト、アンドレアデルサルト」 と、脳の神経回路をムダにその意味不明の人名はかけめぐった。 しかし、いきなり湧いてきた時と同様に、唐突にアンドレアデルサルトの出所は判明したのだ。 そうか! アンドレアデルサルトはの『』に出てきた人名だった。 美学者・迷亭が持ち出して、その後頻出した。 私はずっと、この人名を洋食屋で「トチメンボー」を注文する類の、つまり根っからのデタラメだと思っていた。 私の中でアンドレアデルサルトは、単に長ったらしくて覚えにくい架空の人物の名前だった。 ふと、イタズラを思いついたように、私はこの架空の人物の名前をネット検索してみたのだった。 びっっっっくりした。 アンドレアデルサルトは実在の人物だったのだ。 アンドレア・デル・サルト「仕立て屋のアンドレア」はルネッサンス期のイタリアの画家、1486年7月16日に生まれ、1531年1月21日に死亡している。 画像も沢山出てくるが、いままでに見たことのある絵が一枚もない。 しかし、そうかあ、本当にいたんだアンドレアデルサルト……と私は嘆息したついでに、トチメンボーについても調べたくなって、今度は「広辞苑」でトチメンボーを引いてみて唖然とした。 なんと、メンチボールの単なるダジャレと思っていたトチメンボーも、実在していた。 (もっとも実在しなければシャレにならない理屈だが) 漢字で書くと、栃麺棒、栃麺をのばす棒とある。 栃麺とは栃の実の粉を米粉または麦粉と共にこねて薄くのばし、そばのように製した食品のことだそうだ。 「おそるべきことだ」と私が思ったのは、こうしたことよりも、このように調べる過程で自分が夏目漱石の『吾輩は猫である』を読了しておらず、何度も挑戦を試みたが、その都度失敗していたこと、その途上で覚える意味もないと思っていた人名・アンドレアデルサルトは覚えてしまったけれども、『吾輩』を読了していないことは丸々忘れてしまったことだ。 そして、何の脈絡もなく、憶える意味もないと思っていた人名を、道を歩いてる拍子に思いだすのである。 人間の脳ミソの不思議といえる。 夏目漱石の『吾輩は猫である』は、世間で代表作のように言われているけれども、読んだつもりで実は読了していない人が案外多いそうだ。 私もまたそういう人間であったわけだが、そういう人間が、そうそうたる流行作家諸氏の書いた、漱石へのオマージュ、というよりも『吾輩は猫である』へのオマージュ小説集である本書の感想を述べるというのはいかがなものだろうか? っていうか「断わるだろフツー」と、読者は思うだろう。 私も思う。 しかし老人となって図々しくなった私は、この事実を白状しつつ、しかもこの小説集がおもしろかった事を主張しようと思っている。 私は『吾輩も猫である』は読了した。 そして、氏の氏の氏の氏の氏の氏の氏の氏のすべてが、おそらく得意技をもって漱石の『吾輩』を、ひっくり返したり、もじったり、その構造を再現してみせたり、まるで違ったジャンルへワープさせてみたり、と、技術の限りをつくすのに驚いた。 それぞれが現代小説の書き手として、漱石に書けなかった『吾輩』と『猫』を書いている。 漱石よりずっと猫を愛しているのがアリアリと伝わる人、漱石より猫の生態にくわしく、その様を実感的に描き出した人、猫と人間のかかわりを、漱石よりずっと踏み込んだところで主張する人、漱石の小説の持つ、当時の読者への「新情報」的側面をみごとに現代に置きかえた人。 そして、なんといっても、それぞれの作品すべてがきわめてコンパクトにできあがっている点で、漱石を大いに凌駕している。 (みなみ・しんぼう イラストレーター、エッセイスト) 1960年東京都生れ。 立教大学文学部ドイツ文学科卒業。 1977年都立高校2年のとき、「あたしの中の……」で第一回奇想天外SF新人賞佳作に入選、星新一氏の強い推薦で作家デビュー。 1981年「グリーン・レクイエム」、1982年「ネプチューン」で2年連続の星雲賞日本短篇部門受賞。 1999年『チグリスとユーフラテス』で日本SF大賞受賞。 小社からは『おしまいの日』『もいちどあなたにあいたいな』『イン・ザ・ヘブン』を刊行。 1956(昭和31)年、埼玉県生れ。 成城大学経済学部卒。 広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。 1997(平成9)年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。 2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞を、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞受賞を、2016年『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。 著作に『ハードボイルド・エッグ』『神様からひと言』『僕たちの戦争』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『押入れのちよ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『ちょいな人々』『オイアウエ漂流記』『砂の王国』『月の上の観覧車』『誰にも書ける一冊の本』『幸せになる百通りの方法』『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』など多数。 1962(昭和37)年、東京都小平市生まれ。 関西学院大学文学部日本文学科および早稲田大学第二文学部美術史科卒業。 馬里邑美術館、伊藤忠商事を経て、森ビル森美術館設立準備室在籍時、ニューヨーク近代美術館に派遣され同館にて勤務。 その後2005(平成17)年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞しデビュー。 2012年に発表したアートミステリ『楽園のカンヴァス』は山本周五郎賞、R-40本屋さん大賞、TBS系「王様のブランチ」BOOKアワードなどを受賞、ベストセラーに。 2016年『暗幕のゲルニカ』がR-40本屋さん大賞、2017年『リーチ先生』が新田次郎文学賞を受賞。 その他の作品に『本日は、お日柄もよく』『ジヴェルニーの食卓』『デトロイト美術館の奇跡』『たゆたえども沈まず』『常設展示室』『風神雷神』などがある。

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夏目漱石「吾輩は猫である」を読了!あらすじや感想です

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に掲載されていた『』が3月に終了してから3ヶ月が経ちました。 掲載開始を機に発売された「ノート」を購入したことをブログに書いたときは、テンションが上がり気味でした。 しかし、この時点ですでに自ら心配していた点が二つ。 最後まで切り貼り続けられるか。 毎回読了できるか、もしくは貼り付けた後に読むか。 掲載が終わった今、そのノートを開いてみます。 まず、切り貼りは最後までできました。 最初の数週間は気になった言葉なんかを抜き書きして調べたりしていたんですが、1ヶ月を過ぎたあたりから「切り貼り」作業帳と化してしまいました。 忙しく読めなかった日もあり、切り貼り後、ノートを開いて読んだかといえば、3ヶ月たった今も読んでません。 理由は明らかです。 この作品の前半は猫中心で描かれているから楽しく読めるのですが、後半は失速気味。 書籍で読もうが新聞で読もうが、学生時代となんら変わっていない自分を再認識しました(笑)。 今回、「切り貼り」に対する心の隅になんとなくある嫌悪感にも気がつきました。 途中で投げ出すこともできましたが、その嫌悪感を克服すべくリベンジといいますか、いわゆるの一つになったのかもしれません。 母方の祖父が教師で、祖父の部屋にはずらっと並べられた本とスクラップブックがありました。 本棚にきれいに並べられた本は「絶対にさわってはいけない」もの。 スクラップブックも同様でした。 祖父は上京するたびに我が家を宿にしていて、そのときもスクラップブックを持参して、朝、新聞を読み終わるとジョキジョキ...。 私が小学生だったある日、「スクラップブックに何を貼ってるの?」と聞くと「小学生の水鈴さん (祖父は物心ついたときから「さん」付けで呼びました)には説明してもわからんだろうな」といい、神保町で見つけた古本も「この本はどういう本なの?」と聞いても「小学生には難しい」と応えてはくれません。 一方、父の本棚にある本は手垢でうっすら汚れている本が多く、兄も私もさわってよし、読むもよし。 『』(、カール・著)が出版されたとき、早速買って読破した父は「ノンヒクション (フィと発音できない)だぞ。 こういうのを『ペンは剣よりも強し』っていうんだろうな。 読んでみるといいぞ」と子供だった私たちにイチオシでした。 父と対照的な祖父の対応が不満だった私は、ある日両親にそのことを告げました。 すると母は「昔っからおじいちゃんは買って並べて眺めてるだけなのよ。 読んではいないんだから。 スクラップも貼ってるだけでしょ。 」といい、父は「スクラップするだけでも大変なのかもしれないなぁ...。 全集ものを読むのも時間がかかるだろうしな」と義父への配慮を見せ、兄は「だったら、本屋にあるポスターでさ、重ねた本の背表紙が写ってるのがあるじゃん。 それ、じいちゃんの本箱に貼ればさ、買わなくていいじゃん」との提案に、「おじいちゃんの前で絶対そんなことを」と激しく却下されました。 (な〜んだ、スクラップってつまんないの!)と思った瞬間、心のどこかで嫌悪感が芽生えてしまったように思います。 この嫌悪感は中学校でさらに募ります。 夏休みの自由課題で、クラスのS子ちゃんが全国大会の記事をスクラップしてきました。 (S子ちゃんってそんなに野球好きだっけ?)と疑問を持った私でしたが、社会科の先生がベタボメで、校内の夏休みの課題に与えられる賞らったほどでした。 でも私にはその評価が理解できませんでした。 野球部だったA君が「おお、すげえ。 S子、よくやったなあ...。 そうだ、優勝した高校の打率は何割かわかる?」と質問したとき「ええっと... 親父が言ってた」と即答したのです。 その答えは正解で、S子ちゃんは絶句。 その光景にの私は(な〜んだ、貼っただけで読んでないじゃん)と思ってしまい、祖父のスクラップと重なってしまいました。 S子ちゃんが嫌いなわけではなく、評価した先生に対し「ばっかじゃない?」と思ってしまい、スクラップブックにますます意味が見出せなくなってしまったのです。 時代は変わり、あれだけスクラップすることの良さがわからなかったのに、現在はやテキストファイルなどにコピペして保存した記事などの切り抜きはフル活用しています。 これはデジタルとか紙とかいう問題ではなく、切り抜いたものをどのように利用するか目的が明確だからなんですよね。 祖父やS子ちゃんのスクラップブックは、「毎日切り抜いて貼る」ことが評価されているということなのでしょう。 「継続は力なり」と言いたいのかもしれませんが、氏や氏みたいに「それが何の力になるのか」「あなたはその切り抜いた記事をどのように活用するのか」という問いかけは祖父や社会科の先生の頭にはなかったのかもしれません。 そして私の「ノート」も最後まで貼れたことは評価できたとしても、利用目的はほぼ皆無で始めてしまったわけです。 「猫ノートかわいい〜」、「切り貼りしよう〜」のノリだけ。 人のスクラップブックにケチつけていた自分はいくつになっても浅い。 浅すぎて自己嫌悪です(笑) mtwood.

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