フェデラー プロフィール。 国枝慎吾の世界ランキングやプロフィール!フェデラーと年収比較で厳しい現実が見えてくる

フェデラーはなぜ強いのか?圧倒的な強さの理由を心技体の3面から徹底解説!

フェデラー プロフィール

ロジャー・フェデラーの通算成績一覧は、スイスのテニス選手 の成績一覧である。 グランドスラム決勝結果 [ ] シングルス:31回(20タイトル, 11準優勝) [ ] グランドスラム優勝20回、決勝進出31回、準決勝進出45回、準々決勝進出56回はいずれも歴代最多。 4つのグランドスラムを全て制した7人のうちの1人である。 結果 No. 年 大会 サーフェス 対戦相手 スコア 優勝 1. 2003年 芝 7—6 7—5 , 6—2, 7—6 7—3 優勝 2. 2004年 ハード 7—6 7—3 , 6—4, 6—2 優勝 3. 2004年 芝 4—6, 7—5, 7—6 7—3 , 6—4 優勝 4. 2004年 ハード 6—0, 7—6 7—3 , 6—0 優勝 5. 2005年 芝 6—2, 7—6 7—2 , 6—4 優勝 6. 2005年 ハード 6—3, 2—6, 7—6 7—1 , 6—1 優勝 7. 2006年 ハード 5—7, 7—5, 6—0, 6—2 準優勝 1. 2006年 クレー 6—1, 1—6, 4—6, 6—7 4—7 優勝 8. 2006年 芝 6—0, 7—6 7—5 , 6—7 2—7 , 6—3 優勝 9. 2006年 ハード 6—2, 4—6, 7—5, 6—1 優勝 10. 2007年 ハード 7—6 7—2 , 6—4, 6—4 準優勝 2. 2007年 クレー 3—6, 6—4, 3—6, 4—6 優勝 11. 2007年 芝 7—6 9—7 , 4—6, 7—6 7—3 , 2—6, 6—2 優勝 12. 2007年 ハード 7—6 7—4 , 7—6 7—2 , 6—4 準優勝 3. 2008年 クレー 1—6, 3—6, 0—6 準優勝 4. 2008年 芝 4—6, 4—6, 7—6 7—5 , 7—6 10—8 , 7—9 優勝 13. 2008年 ハード 6—2, 7—5, 6—2 準優勝 5. 2009年 ハード 5—7, 6—3, 6—7 3—7 , 6—3, 2—6 優勝 14. 2009年 クレー 6—1, 7—6 7—1 , 6—4 優勝 15. 2009年 芝 5—7, 7—6 8—6 , 7—6 7—5 , 3—6, 16—14 準優勝 6. 2009年 ハード 6—3, 6—7 5—7 , 6—4, 6—7 4—7 , 2—6 優勝 16. 2010年 ハード 6—3, 6—4, 7—6 13—11 準優勝 7. 2011年 クレー 5—7, 6—7 3—7 , 7—5, 1—6 優勝 17. 2012年 芝 4—6, 7—5, 6—3, 6—4 準優勝 8. 2014年 芝 7—6 9—7 , 4—6, 6—7 4—7 , 7—5, 4—6 準優勝 9. 2015年 芝 6—7 1—7 , 7—6 12—10 , 4—6, 3—6 準優勝 10. 2015年 ハード 4—6, 7—5, 4—6, 4—6 優勝 18. 2017年 ハード 6—4, 3—6, 6—1, 3—6, 6-3 優勝 19. 2017年 芝 6—3, 6-1, 6-4 優勝 20. 2018年 ハード 6—2, 6—7 5—7 , 6—3, 3—6, 6—1 準優勝 11. 2019年 芝 6—7 5—7 , 6—1, 6—7 4—7 , 6—4, 12—13 3—7 年間最終戦決勝進出結果 [ ] シングルス:10回(6タイトル, 4準優勝) [ ] 年間最終戦優勝回数6回、出場回数14回、マッチ勝利数48勝、決勝進出10回、準決勝進出13回はいずれも歴代最多記録。 結果 No. 年 開催地 サーフェス 対戦相手 スコア 優勝 1. 2003年 ハード 6—3, 6—0, 6—4 優勝 2. 2004年 ハード 6—3, 6—2 準優勝 1. 2005年 カーペット 室内 7—6 7—4 , 7—6 13—11 , 2—6, 1—6, 6—7 3—7 優勝 3. 2006年 ハード 室内 6—0, 6—3, 6—4 優勝 4. 2007年 ハード 室内 6—2, 6—3, 6—2 優勝 5. 2010年 ハード 室内 6—3, 3—6, 6—1 優勝 6. 2011年 ハード 室内 6—3, 6—7 6—8 , 6—3 準優勝 2. 2012年 ハード 室内 6—7 6—8 , 5—7 準優勝 3. 2014年 ハード 室内 不戦敗 準優勝 4. 2015年 ハード 室内 3—6, 4—6 マスターズ1000決勝進出結果 [ ] シングルス:50回(28タイトル, 22準優勝) [ ] マスターズ1000優勝28回は 35回 、 34回 に次ぐ歴代3位。 決勝進出50回と、準決勝進出66回は 51回、67回 に次ぐ歴代2位。 また・とともに、9つ全ての大会において決勝に進出している。 結果 No. 年 大会 サーフェス 対戦相手 スコア 準優勝 1. 2002年 ハード 3—6, 3—6, 6—3, 4—6 優勝 1. 2002年 クレー 6—1, 6—3, 6—4 準優勝 2. 2003年 クレー 5—7, 2—6, 6—7 8—10 優勝 2. 2004年 ハード 6—3, 6—3 優勝 3. 2004年 クレー 4—6, 6—4, 6—2, 6—3 優勝 4. 2004年 ハード 7—5, 6—3 優勝 5. 2005年 ハード 6—2, 6—4, 6—4 優勝 6. 2005年 ハード 2—6, 6—7 4—7 , 7—6 7—5 , 6—3, 6—1 優勝 7. 2005年 クレー 6—3, 7—5, 7—6 7—4 優勝 8. 2005年 ハード 6—3, 7—5 優勝 9. 2006年 ハード 7—5, 6—3, 6—0 優勝 10. 2006年 ハード 7—6 7—5 , 7—6 7—4 , 7—6 8—6 準優勝 3. 2006年 クレー 2—6, 7—6 7—2 , 3—6, 6—7 5—7 準優勝 4. 2006年 クレー 7—6 7—0 , 6—7 5—7 , 4—6, 6—2, 6—7 5—7 優勝 11. 2006年 ハード 2—6, 6—3, 6—2 優勝 12. 2006年 ハード 室内 7—5, 6—1, 6—0 準優勝 5. 2007年 クレー 4—6, 4—6 優勝 13. 2007年 クレー 2—6, 6—2, 6—0 準優勝 6. 2007年 ハード 6—7 2—7 , 6—2, 6—7 2—7 優勝 14. 2007年 ハード 6—1, 6—4 準優勝 7. 2007年 ハード 室内 6—1, 3—6, 3—6 準優勝 8. 2008年 クレー 5—7, 5—7 準優勝 9. 2008年 クレー 5—7, 7—6 7—3 , 3—6 優勝 15. 2009年 クレー 6—4, 6—4 優勝 16. 2009年 ハード 6—1, 7—5 準優勝 10. 2010年 クレー 4—6, 6—7 5—7 準優勝 11. 2010年 ハード 5—7, 5—7 優勝 17. 2010年 ハード 6—7 5—7 , 7—6 7—1 , 6—4 準優勝 12. 2010年 ハード 3—6, 2—6 優勝 18. 2011年 ハード 室内 6—1, 7—6 7—3 優勝 19. 2012年 ハード 7—6 9—7 , 6—3 優勝 20. 2012年 クレー 3—6, 7—5, 7—5 優勝 21. 2012年 ハード 6—0, 7—6 9—7 準優勝 13. 2013年 クレー 1—6, 3—6 準優勝 14. 2014年 ハード 6—3, 3—6, 6—7 3—7 準優勝 15. 2014年 クレー 6—4, 6—7 5—7 , 2—6 準優勝 16. 2014年 ハード 5—7, 6—7 3—7 優勝 22. 2014年 ハード 6—3, 1—6, 6—2 優勝 23. 2014年 ハード 7—6 8—6 , 7—6 7—2 準優勝 17. 2015年 ハード 3—6, 7—6 7—5 , 2—6 準優勝 18. 2015年 クレー 4—6, 3—6 優勝 24. 2015年 ハード 7—6 7—1 , 6—3 優勝 25. 2017年 ハード 6—4, 7—5 優勝 26. 2017年 ハード 6—3, 6—4 準優勝 19. 2017年 ハード 3—6, 4—6 優勝 27. 2017年 ハード 6—4, 6—3 準優勝 20. 2018年 ハード 4—6, 7—6 10—8 , 6—7 2—7 準優勝 21. 2018年 ハード 4—6, 4—6 準優勝 22. 2019年 ハード 6—3, 3—6, 5—7 優勝 28. 2019年 ハード 6—1, 6—4 ダブルス:3回(1タイトル, 2準優勝) [ ] 結果 No. 年 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア 準優勝 1. 2002年 ハード 4—6, 4—6 優勝 1. 2003年 ハード 7—5, 6—3 準優勝 2. 2011年 ハード 4—6, 7—6 7—5 , [7—10] ATPツアー通算決勝進出結果 [ ] シングルス:157回(103タイトル, 54準優勝) [ ] 大会グレード 20—11 6—4 0—1 28—22 24—7 25—9 サーフェス別タイトル ハード 71—27 クレー 11—15 芝 19—7 カーペット 2—5 結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア 準優勝 1. 2000年2月13日 カーペット 室内 6—2, 3—6, 6—7 5—7 準優勝 2. 2000年10月29日 カーペット 室内 2—6, 6—4, 6—7 4—7 , 6—1, 1—6 優勝 1. 2001年2月4日 カーペット 室内 6—4, 6—7 7—9 , 6—4 準優勝 3. 2001年2月25日 ハード 室内 5—7, 6—3, 6—7 5—7 準優勝 4. 2001年10月28日 カーペット 室内 3—6, 4—6, 2—6 優勝 2. 2002年1月13日 ハード 6—3, 6—3 準優勝 5. 2002年2月3日 カーペット 室内 6—7 2—7 , 6—4, 1—6 準優勝 6. 2002年3月31日 ハード 3—6, 3—6, 6—3, 4—6 優勝 3. 2002年5月19日 クレー 6—1, 6—3, 6—4 優勝 4. 2002年10月13日 ハード 室内 6—4, 6—1, 3—6, 6—4 優勝 5. 2003年2月16日 ハード 室内 6—2, 7—6 8—6 優勝 6. 2003年3月2日 ハード 6—1, 7—6 7—2 優勝 7. 2003年5月4日 クレー 6—1, 6—4 準優勝 7. 2003年5月11日 クレー 5—7, 2—6, 6—7 8—10 優勝 8. 2003年6月15日 芝 6—1, 6—3 優勝 9. 2003年7月6日 芝 7—6 7—5 , 6—2, 7—6 7—3 準優勝 8. 2003年7月13日 クレー 7—5, 3—6, 3—6, 6—1, 3—6 優勝 10. 2003年10月12日 ハード 室内 6—3, 6—3, 6—3 優勝 11. 2003年11月16日 ハード 6—3, 6—0, 6—4 優勝 12. 2004年2月1日 ハード 7—6 7—3 , 6—4, 6—2 優勝 13. 2004年3月7日 ハード 4—6, 6—1, 6—2 優勝 14. 2004年3月21日 ハード 6—3, 6—3 優勝 15. 2004年5月16日 クレー 4—6, 6—4, 6—2, 6—3 優勝 16. 2004年6月13日 芝 6—0, 6—3 優勝 17. 2004年7月4日 芝 4—6, 7—5, 7—6 7—3 , 6—4 優勝 18. 2004年7月12日 クレー 6—2, 6—3, 5—7, 6—3 優勝 19. 2004年8月1日 ハード 7—5, 6—3 優勝 20. 2004年9月12日 ハード 6—0, 7—6 7—3 , 6—0 優勝 21. 2004年10月3日 ハード 室内 6—4, 6—0 優勝 22. 2004年11月21日 ハード 6—3, 6—2 優勝 23. 2005年1月9日 ハード 6—3, 6—1 優勝 24. 2005年2月20日 ハード 室内 5—7, 7—5, 7—6 7—5 優勝 25. 2005年2月27日 ハード 6—1, 6—7 6—8 , 6—3 優勝 26. 2005年3月20日 ハード 6—2, 6—4, 6—4 優勝 27. 2005年4月3日 ハード 2—6, 6—7 4—7 , 7—6 7—5 , 6—3, 6—1 優勝 28. 2005年5月15日 クレー 6—3, 7—5, 7—6 7—4 優勝 29. 2005年6月13日 芝 6—4, 6—7 6—8 , 6—4 優勝 30. 2005年7月3日 芝 6—2, 7—6 7—2 , 6—4 優勝 31. 2005年8月21日 ハード 6—3, 7—5 優勝 32. 2005年9月11日 ハード 6—3, 2—6, 7—6 7—1 , 6—1 優勝 33. 2005年10月2日 ハード 室内 6—3, 7—5 準優勝 9. 2005年11月20日 カーペット 室内 7—6 7—4 , 7—6 13—11 , 2—6, 1—6, 6—7 3—7 優勝 34. 2006年1月8日 ハード 6—3, 7—6 7—5 優勝 35. 2006年1月29日 ハード 5—7, 7—5, 6—0, 6—2 準優勝 10. 2006年3月5日 ハード 6—2, 4—6, 4—6 優勝 36. 2006年3月19日 ハード 7—5, 6—3, 6—0 優勝 37. 2006年4月2日 ハード 7—6 7—5 , 7—6 7—4 , 7—6 8—6 準優勝 11. 2006年4月23日 クレー 2—6, 7—6 7—2 , 3—6, 6—7 5—7 準優勝 12. 2006年5月14日 クレー 7—6 7—0 , 6—7 5—7 , 4—6, 6—2, 6—7 5—7 準優勝 13. 2006年6月11日 クレー 6—1, 1—6, 4—6, 6—7 4—7 優勝 38. 2006年6月18日 芝 6—0, 6—7 4—7 , 6—2 優勝 39. 2006年7月9日 芝 6—0, 7—6 7—5 , 6—7 2—7 , 6—3 優勝 40. 2006年8月13日 ハード 2—6, 6—3, 6—2 優勝 41. 2006年9月10日 ハード 6—2, 4—6, 7—5, 6—1 優勝 42. 2006年10月8日 ハード 6—3, 6—3 優勝 43. 2006年10月22日 ハード 室内 7—5, 6—1, 6—0 優勝 44. 2006年10月29日 カーペット 室内 6—3, 6—2, 7—6 7—3 優勝 45. 2006年11月19日 ハード 室内 6—0, 6—3, 6—4 優勝 46. 2007年1月28日 ハード 7—6 7—2 , 6—4, 6—4 優勝 47. 2007年3月3日 ハード 6—4, 6—3 準優勝 14. 2007年4月22日 クレー 4—6, 4—6 優勝 48. 2007年5月29日 クレー 2—6, 6—2, 6—0 準優勝 15. 2007年6月10日 クレー 3—6, 6—4, 3—6, 4—6 優勝 49. 2007年7月8日 芝 7—6 9—7 , 4—6, 7—6 7—3 , 2—6, 6—2 準優勝 16. 2007年8月12日 ハード 6—7 2—7 , 6—2, 6—7 2—7 優勝 50. 2007年8月19日 ハード 6—1, 6—4 優勝 51. 2007年9月9日 ハード 7—6 7—4 , 7—6 7—2 , 6—4 準優勝 17. 2007年10月21日 ハード 室内 6—1, 3—6, 3—6 優勝 52. 2007年10月28日 ハード 室内 6—3, 6—4 優勝 53. 2007年11月18日 ハード 室内 6—2, 6—3, 6—2 優勝 54. 2008年4月20日 クレー 7—6 7—5 , 1—2 途中棄権 準優勝 18. 2008年4月27日 クレー 5—7, 5—7 準優勝 19. 2008年5月18日 クレー 5—7, 7—6 7—3 , 3—6 準優勝 20. 2008年6月8日 クレー 1—6, 3—6, 0—6 優勝 55. 2008年6月15日 芝 6—3, 6—4 準優勝 21. 2008年7月6日 芝 4—6, 4—6, 7—6 7—5 , 7—6 10—8 , 7—9 優勝 56. 2008年9月8日 ハード 6—2, 7—5, 6—2 優勝 57. 2008年10月26日 ハード 室内 6—3, 6—4 準優勝 22. 2009年2月1日 ハード 5—7, 6—3, 6—7 3—7 , 6—3, 2—6 優勝 58. 2009年5月17日 クレー 6—4, 6—4 優勝 59. 2009年6月7日 クレー 6—1, 7—6 7—1 , 6—4 優勝 60. 2009年7月5日 芝 5—7, 7—6 8—6 , 7—6 7—5 , 3—6, 16—14 優勝 61. 2009年8月23日 ハード 6—1, 7—5 準優勝 23. 2009年9月14日 ハード 6—3, 6—7 5—7 , 6—4, 6—7 4—7 , 2—6 準優勝 24. 2009年11月8日 ハード 室内 4—6, 6—4, 2—6 優勝 62. 2010年1月13日 ハード 6—3, 6—4, 7—6 13—11 準優勝 25. 2010年5月16日 クレー 4—6, 6—7 5—7 準優勝 26. 2010年6月13日 芝 6—3, 6—7 4—7 , 4—6 準優勝 27. 2010年8月15日 ハード 5—7, 5—7 優勝 63. 2010年8月23日 ハード 6—7 5—7 , 7—6 7—1 , 6—4 準優勝 28. 2010年10月17日 ハード 3—6, 2—6 優勝 64. 2010年10月24日 ハード 室内 6—4, 6—3 優勝 65. 2010年11月7日 ハード 室内 6—4, 3—6, 6—1 優勝 66. 2010年11月28日 ハード 室内 6—3, 3—6, 6—1 優勝 67. 2011年1月8日 ハード 6—3, 6—4 準優勝 29. 2011年2月26日 ハード 3—6, 3—6 準優勝 30. 2011年6月5日 クレー 5—7, 6—7 3—7 , 7—5, 1—6 優勝 68. 2011年11月6日 ハード 室内 6—1, 6—3 優勝 69. 2011年11月13日 ハード 室内 6—1, 7—6 7—3 優勝 70. 2011年11月27日 ハード 室内 6—3, 6—7 6—8 , 6—3 優勝 71. 2012年2月19日 ハード 室内 6—1, 6—4 優勝 72. 2012年3月3日 ハード 7—5, 6—4 優勝 73. 2012年3月18日 ハード 7—6 9—7 , 6—3 優勝 74. 2012年5月13日 クレー 3—6, 7—5, 7—5 準優勝 31. 2012年6月17日 芝 6—7 5—7 , 4—6 優勝 75. 2012年7月8日 芝 4—6, 7—5, 6—3, 6—4 準優勝 32. 2012年8月5日 芝 2—6, 1—6, 4—6 優勝 76. 2012年8月19日 ハード 6—0, 7—6 9—7 準優勝 33. 2012年10月28日 ハード 室内 4—6, 7—6 7—5 , 6—7 3—7 準優勝 34. 2012年11月12日 ハード 室内 6—7 6—8 , 5—7 準優勝 35. 2013年5月19日 クレー 1—6, 3—6 優勝 77. 2013年6月16日 芝 6—7 5—7 , 6—3, 6—4 準優勝 36. 2013年10月27日 ハード 室内 6—7 3-7 , 6—2, 4—6 準優勝 37. 2014年1月5日 ハード 1—6, 6—4, 3—6 優勝 78. 2014年3月1日 ハード 3—6, 6—4, 6—3 準優勝 38. 2014年3月16日 ハード 6—3, 3—6, 6—7 3—7 準優勝 39. 2014年4月20日 クレー 6—4, 6—7 5—7 , 2—6 優勝 79. 2014年6月15日 芝 7—6 7—2 , 7—6 7—3 準優勝 40. 2014年7月6日 芝 7—6 9—7 , 4—6, 6—7 4—7 , 7—5, 4—6 準優勝 41. 2014年8月10日 ハード 5—7, 6—7 3—7 優勝 80. 2014年8月17日 ハード 6—3, 1—6, 6—2 優勝 81. 2014年10月12日 ハード 7—6 8—6 , 7—6 7—2 優勝 82. 2014年10月26日 ハード 室内 6—2, 6—2 準優勝 42. 2014年11月16日 ハード 室内 不戦敗 優勝 83. 2015年1月11日 ハード 6—4, 6—7 2—7 , 6—4 優勝 84. 2015年2月28日 ハード 6—3, 7—5 準優勝 43. 2015年3月22日 ハード 3—6, 7—6 7—5 , 2—6 優勝 85. 2015年5月4日 クレー 6—3, 7—6 13—11 準優勝 44. 2015年5月17日 クレー 4—6, 3—6 優勝 86. 2015年6月21日 芝 7—6 7—1 , 6—4 準優勝 45. 2015年7月12日 芝 6—7 1—7 , 7—6 12—10 , 4—6, 3—6 優勝 87. 2015年8月23日 ハード 7—6 7—1 , 6—3 準優勝 46. 2015年9月13日 ハード 4—6, 7—5, 4—6, 4—6 優勝 88. 2015年11月1日 ハード 室内 6—3, 5—7, 6—3 準優勝 47. 2015年11月22日 ハード 室内 3—6, 4—6 準優勝 48. 2016年1月10日 ハード 4—6, 4—6 優勝 89. 2017年1月29日 ハード 6—4, 3—6, 6—1, 3—6, 6—3 優勝 90. 2017年3月19日 ハード 6—4, 7—5 優勝 91. 2017年4月2日 ハード 6—3, 6—4 優勝 92. 2017年6月23日 芝 6—1, 6—3 優勝 93. 2017年7月16日 芝 6—3, 6—1, 6—4 準優勝 49. 2017年8月13日 ハード 3—6, 4—6 優勝 94. 2017年10月15日 ハード 6—4, 6—3 優勝 95. 2017年10月29日 ハード 室内 6—7 5—7 , 6—4, 6—3 優勝 96. 2018年1月28日 ハード 6—2, 6—7 5—7 , 6—3, 3—6, 6—1 優勝 97. 2018年2月18日 ハード 室内 6—2, 6—2 準優勝 50. 2018年3月18日 ハード 4—6, 7—6 10—8 , 6—7 2—7 優勝 98. 2018年6月17日 芝 6—4, 7—6 7—3 準優勝 51. 2018年6月24日 芝 6—7 6—8 , 6—3, 2—6 準優勝 52. 2018年8月19日 ハード 4—6, 4—6 優勝 99. 2018年10月28日 ハード 室内 7—6 7—5 , 6—4 優勝 100. 2019年3月2日 ハード 6—4, 6—4 準優勝 53. 2019年3月17日 ハード 6—3, 3—6, 5—7 優勝 101. 2019年3月31日 ハード 6—1, 6—4 優勝 102. 2019年6月23日 芝 7—6 7—2 , 6—4 準優勝 54. 2019年7月14日 芝 6—7 5—7 , 6—1, 6—7 4—7 , 6—4, 12—13 3—7 優勝 103. 2019年10月27日 ハード 室内 6—2, 6—2 ダブルス:14回(8タイトル, 6準優勝) [ ] 結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア 準優勝 1. 2000年10月29日 カーペット 室内 6—7 11—13 , 6—4, 6—7 4—7 優勝 1. 2001年2月25日 ハード 室内 6—3, 6—0 優勝 2. 2001年7月15日 クレー 0—1, 途中棄権 優勝 3. 2002年2月24日 ハード 室内 4—6, 6—3, [10—4] 準優勝 2. 2002年3月17日 ハード 4—6, 4—6 優勝 4. 2002年10月6日 カーペット 室内 6—4, 7—6 7—0 準優勝 3. 2003年2月23日 ハード 室内 6—7 4—7 , 2—6 優勝 5. 2003年3月30日 ハード 7—5, 6—3 優勝 6. 2003年10月12日 ハード 室内 7—6 9—7 , 7—5 準優勝 4. 2004年10月3日 ハード 室内 7—5, 4—6, 4—6 優勝 7. 2005年6月12日 芝 7—5, 6—7 6—8 , 6—3 優勝 8. 2008年8月16日 ハード 6—3, 6—4, 6—7 4—7 , 6—3 準優勝 5. 2011年3月19日 ハード 4—6, 7—6 7—5 , [7—10] 準優勝 6. 2014年6月15日 芝 6—1, 5—7, [10—12] 主な対戦成績 [ ] 最高位1位 [ ]• 13—4• 4—1• 2—3• 2—0• 1—0• 23—3• 19—2• 17—0• 13—3• 11—8• 11—3• 9—1• 7—1• 3—0• 3—4• 2—5• 0—1• 20—6• 18—7• 16—1• 12—3• 10—1• 8—3• 7—6• 5—0• 4—1• 3—2• 3—0• 2—0• 1—0• 1—3• 0—1• 12—6• 12—1• 11—1• 5—4• 5—0• 3—1• 2—2• 1—0• 10—4• 6—2• 4—0• 3—1• 3—2• 1—3• 18—2• 8—1• 7—0• 7—0• 6—1• 10—1• 6—1• 17—0• 14—2• 7—1• 6—0• 4—0• 4—1• 4—1• 3—3• 2—0• 1—0• 5—0• 8—2• 4—0• 4—0• 4—1• 2—2• 9—0• 8—3• 4—0• 3—2• 1—0• 2—0• 1—1 最高位11位以下の現役選手 [ ] 5回以上の対戦がある選手を記載• 13—1• 13—0• 14—1• 14—0• 6—0• 5—0• 5—0• 7—0• 6—1• 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア 優勝 1. 2001年1月6日 ハード 2—1 優勝 2.

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ロジャー・フェデラーが実際に使用するラケット・ストリング![BIG4のパーソナルスペックを調査]|アドブロ(アドバンテージ・ブログ)

フェデラー プロフィール

photo credit: Marianne Bevis via リネットはテニスを気に入り、結婚後はテニスクラブに所属。 スイス・テニス協会バーゼル支部の役員として選手の育成に携わる。 また、現在はATP 500の大会であるバーゼル「スイス・インドアーズ・バーゼル」にも関わっていた。 幼い頃の ロジャー・フェデラーは、常に動き回り、「エネルギーがあり余っている」ほどの元気な子供だったようだ。 報道されているエピソードを読む限り、明るくまっすぐで負けず嫌いな、「ワルガキ」。 悪ふざけが大好きで、テニス大会の待ち時間には木に登って遊んでいたという。 コートではラケットを投げ、わめいたり罵ったりという癇癪持ちで、幼少期のコーチには、「小さな悪魔」とも称されている。 球技を好み、当時からスイスで盛んであったサッカーにも秀でていた。 地元のサッカーチームにも所属し、ストライカーとして活躍。 後にテニスとサッカーのどちらに専念するか選択を迫られるが、テニスを選んだ理由をロジャー・フェデラーは 「テニスは、自分でコントロールできるのがいい。 すべて自分次第で、敗北をゴールキーパーのせいにしたりはできないしね。 」 と語っている。 (写真上:スイス バーゼル、写真下:地元バーゼルで優勝を収めたロジャー・フェデラー) スポンサーリンク テニスとの出会い は3才でラケットを握り、テニスを始める。 母リネットがロジャー・フェデラーの才能に気付き、8才で母と同じテニスクラブ「オールドボーイズ・テニスクラブ」に入会する。 子供の頃の憧れの選手は ボリス・ベッカー(ドイツ)、 ステファン・エドバーグ(スウェーデン)、そして ピート・サンプラス(アメリカ)。 この3人は全て、ロジャー・フェデラーと同じく片手打ちのバックハンドだ。 1994年からは、スイス開催の大会で ボールボーイを務めている。 幼いフェデラーにとって、トップレベルの選手と接するよい機会となったはずだ。 ロジャー・フェデラーは、14才からスイス・ナショナル・テニスセンターの「テニス・エチュード」プログラムに参加する。 ローザンヌ郊外のエキュブランに位置し、公用語はフランス語。 当時、ロジャー・フェデラーはフランス語が少ししか話せず、 いじめられっ子だったという。 平日は親元を離れての生活。 ロジャー・フェデラーは複数のインタビューで、「最初の半年はとても苦労した」と答えている。 そして、1997年、16才で学校を辞め、 テニスに専念する。 ところで、ロジャー・フェデラーは、「テニス・エチュード」への参加も、学校を辞めることも、ロジャー・フェデラー自身が決断している。 幼い頃、若い頃から重大な決断を自分で下す自立した姿は、現在のロジャー・フェデラーとも重なる。 コートではラケットを「あり得ないくらい投げ散らす」大の負けず嫌い。 コートを出ると、きちんとした言葉遣いをする行儀のよいティーンエイジャーであった。 ジュニア時代の成績 1997年 初のジュニア世界タイトル獲得 は1997年、学校を辞める前の15才のとき、18才以下の スイス・ジュニアチャンピオンに浮上した。 同年5月には、イタリア プラートでジュニアタイトルを獲得。 ロジャー・フェデラーにとって 初の世界レベルのタイトルとなった。 1998年 ジュニア世界1位 そして1998年、ロジャー・フェデラーはジュニア界を席巻する。 獲得した主な成績は以下の通り。 オーストラリア ヴィクトリア・ジュニア選手権: 優勝• 全豪オープン・ジュニア:準優勝• ウィンブルドン・ジュニア: 優勝• 全米オープン・ジュニア:準優勝• フィレンツェ国際・ジュニア: 優勝• マイアミ オレンジボウル: 優勝 オレンジボウルに出場した17才の若きロジャー・フェデラーは、髪を金髪に染めていた。 後に、「ちょっと反抗期だったんだ。 その後は赤毛にして、長髪にしたよ。 」と語っている。 世界ジュニアチャンピオンとなり1998年末ランキングを1位で終え、ロジャー・フェデラー、17才にして、 プロへの転向が実現する。 プロ転向直後の1999年、ロジャー・フェデラーはチャレンジャー・ツアー準決勝に進出し、続くATPワールド・ツアー、フランス マルセイユ「オープン13(ATP250)」でワイルドカードとしての出場を獲得する。 対戦相手は、大会第1シードの カルロス・モヤ(スペイン)であった。

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国枝慎吾の世界ランキングやプロフィール!フェデラーと年収比較で厳しい現実が見えてくる

フェデラー プロフィール

【プロフィール】 名前:ロジャー・フェデラー 生年月日:1981年8月8日 国籍:スイス 出身:スイス、バーゼル 身長:185cm 体重:85kg 利き手:右 バックハンド:片手 最高ランキング:1位 【ジュニア時代の成績】 オレンジボウル選手権優勝 全米オープンジュニア シングルス準優勝(負けた相手は、ダビド・ナルバンディアン) ウィンブルドンジュニア シングルス・ダブルス優勝 【グランドスラムの成績】 全豪オープン シングルス優勝(6回) 全仏オープン シングルス優勝(1回) ウィンブルドン シングルス優勝(8回) 全米オープン シングルス優勝(5回) 【オリンピックの成績】 北京オリンピック ダブルス金メダル ロンドンオリンピック シングルス銀メダル 【生い立ち】 ドイツ系スイス人の父、ロバートさんと、南アフリカ出身の母、ライネッテさんとの間に産まれました。 姉のダイアナさんとの2人姉弟。 テニスを趣味で嗜む両親の影響で、3歳の時に初めてラケットを握りました。 家のタンスを相手にスポンジボールでよく壁打ちをしていたそうです。 8歳の時に地元のテニスクラブに入会して本格的にテニスを始めることになりました。 ステファン・エドバーグ、ボリス・ベッカー、ピート・サンプラスなどのファンだったそうです。 サッカーやバドミントン、バスケットボールも並行してプレーしていたそうですが、テニスをメインでプレーすることを選びました(フェデラー選手本人いわく、「単純にテニスの方が上手かったから」)。 まぁ、そりゃそうだろと突っ込みたくなりますが、面白い発言です。 【プレーに関して】 男子テニス史上最も完成されたプレーヤーだと思います。 無駄の無い非常にリラックスしたフォームから放たれるサーブは相手にコースと球種を読ませずエースを量産します。 セカンドサーブの質も非常に高く打ち分けが巧みで、同じ球は2度と来ないと多くの対戦相手が口にします。 また、ストロークは超ハイテンポで相手に準備の時間を与えません。 特にフォアハンドは一撃必殺の決定力を持ちます。 ややバックハンドが弱点であるといえますが、早いタイミングで繰り出されるダウンザラインやショートクロスはウィナーになる確率が非常に高いです。 さらにネットプレーの技術も非常に高く、パンチのあるボレー、つないでいくボレー、ドロップボレーなど、全てのショットが一級品です。 メンタルの強さもすばらしく、ここぞという時のギアチェンジや、苦しい場面でも安定したメンタルを保ち続けることができます。 【人物について】 世界で最も愛されるテニスプレーヤーであり、世界で最も著名なアスリートの1人です。 そのブランド力は非常に高く、スポンサー契約料だけで年に70億円以上稼ぎます。 どの試合会場に行ってもHOMEの雰囲気を作り、開催国の選手と対戦していたとしても、一方的なAWAYにはなりません。 なぜ彼が世界中で愛されるかというと、その華麗なプレーはもちろんですが、一番は彼の人間性にあると思います。 コート内でもコート外でも紳士であり、インタビューにおいては開催国の言葉を流暢に操り(母国語であるスイスドイツ語以外に、英語・ドイツ語・フランス語を話します。 スペイン語やイタリア語も日常会話はできます)、観客との一体感を高める(通訳が入ると若干熱が冷めちゃいますよね)とともに、高い知性を感じさせます。 そして試合に勝った時も負けた時も感情を爆発させるその姿は共感を生みます。 2018年全豪オープン優勝後のスピーチで号泣し、観客は総立ちになって世界中の涙を誘ったことは記憶に新しいです。 また、2009年全豪オープン決勝でラファエル・ナダル選手に破れて悔しさのあまりスピーチで号泣した場面は、今でも僕の脳裏に焼き付いています。 そんな圧倒的魅力をもつフェデラー選手ですが、ジュニア時代は癇癪を起こしてラケットを投げるなど、気性が激しかったのです。 それをトレーニングで克服し、安定したメンタルを保つことができているのです。 何事もトレーニングが大事ということですね。 それでも、トランプなどで遊んでいる時に負けが込んできてしまうと本気で怒ってしまうらしいですが・・・・^^;やっぱり基本は相当な負けず嫌いであるようです。 【まとめ】 テニス界のみならず、世界中の人に影響を与え続けるフェデラー選手、まだまだ彼のプレーを見続けていきたいですね。 【参考・引用サイト】 テニスレッスンについては ガット張り替えについては 最新ブログ記事は 足の痛み、膝の痛みが気になる方は.

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