コラライン と ボタン の 魔女 声優。 コララインとボタンの魔女

『コララインとボタンの魔女』で榮倉奈々が声優に初挑戦|ブンロク

コラライン と ボタン の 魔女 声優

皆さんこんにちは、こんばんは、おはようございます!! 梅雨に入り、雨の日が増えましたね。 雨の日は外にもなかなか出れず、おうちで過ごす事が増えたかと思います。 おうち時間、皆さんは何して過ごしてますか? 私は趣味である映画鑑賞をよくしています!! 天気関係なく、映画よく見てます 笑 今日は、最近観た映画の感想を書きます。 最近観た映画はこちらです!! 『コララインとボタンの魔女』監督:ヘンリー・セリック ずっと気になっていて、Amazonプライムにあったので見てみました。 ストップモーションアニメとCGを活用し、ゴシックな世界観を表しています。 怖いと感じる人もいると思いますが、私はとても好きな雰囲気だったので、OPからとても惹き込まれました。 ストーリーもとても考えさせられるものです。 子供だけでなく、大人でも現実が満足いかず、日常に不満を抱く人は少なくないと思います。 その不満と、満たされてはいるがリスクもある世界のどちらを選ぶか、考えさせられる内容でした。 退屈しない世界はとても魅力的かもしれないですが、本来自分が居るべき場所で考えて人と関わっていく大切さもちゃんと描かれてる作品です。 もしかしたら、人によってはトラウマになってしまうかもしれない雰囲気ですが、大丈夫な方は1度見て見てください! 私は今度は字幕で見てみたいと思います!.

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「コララインとボタンの魔女」について質問。コララインを観て...

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結論:もっと評価されるべき!! 2009年 アメリカ 監督:ヘンリー・セリック 引越したお家で見つけた小さな扉。 結構口が悪い。 不思議なものが好き。 忙しい両親に構ってもらえず不満を抱えている。 仕事が忙しくコララインに構ってあげられない。 髪も服もボサボサで顔色も悪い。 料理担当たが全てがスライム状。 かつて おばあちゃんの双子の妹がコララインの屋敷で消えてしまったらしく、屋敷へは入るなとキツく言い聞かせられている。 そのこともあってか越してきたばかりのコララインに構ってくる。 コララインからはストーカー呼ばわりされているが、終盤に男を見せる。 何かとコララインに "助言"する。 猫のクセにとにかくカッコイイ。 最大の見所:ボタンや毛糸、身近な素材で彩られたアニメーション!! 「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のヘンリー・セリック監督のストップモーションで撮られたアニメーションが素晴らしい! 特にオープニングの人形を作るシーンや終盤の 世界がほどけていく映像は圧巻! さらに、三つ編み姿の女の子の人形を一度ほどいてコララインの姿の人形に作り直すシーンが 人形の解体シーンのようでちょっとグロテスクさを感じさせるなど、全体的にホラーテイストなのもナイトメア好きならキュンとくるはず! 登場人物たちの髪の毛が毛糸だったり、別世界へと通じるトンネルの壁が和紙のようなもので出来ていたりと、 本物の毛糸や布の質感が見事に調和した映像は、CGだけで作られたアニメーションでは決して出せない味わいあります。 奇妙な別世界の住人 壁の扉の先で出会う、コララインの世界にそっくりだけど全てが夢の様に素敵な別世界の住人。 本物と同じ姿をしているが、みんな 目がボタン。 コララインにとても優しく接してくれるがそれらは全て子供の命を喰らう為の作戦であり、正体は別の世界を作り上げている ボタンの魔女。 別世界の人物たちを操っている。 ゲーム好きでネコが苦手。 天国へと解放するにはどこかにある奪われてしまった目を見つけなければいけない。 この幽霊の一人である三つ編みの少女が、消えてしまったという ワイビーのおばあちゃんの双子の妹。 偽者のパパだがコララインのことを大事に思っていたようで、操られて襲いかかってくるも、橋が崩れ落ちる瞬間にコララインに子供の目を渡してくれた。 こちらのワイビーも鏡に囚われたコララインを助けてくれた。 ぶっちゃけこっちのワイビーの方が可愛い。 最後に 黒猫がかっこいいアニメなんて 「学校の怪談(映画じゃない方)」の天邪鬼ぶりだったぜ・・・。 映画のラスト、逃げるコララインに魔女は 「一人にしないで」と叫びますが、これが本心なのか、それともコララインを引き止めるためのウソなのか?ちょっと考えてしまいます。 なぜ魔女が自分を欲しがるのか?というコララインの問いに対し、黒猫が 「愛してみたいんだろ。 自分じゃない、何かを」と答えていたことから、実は魔女も自分の子供が・・・コララインが理想のママを望んだように、魔女も"理想の子供"を欲しがったのかなーとか思ってみたり。 まぁ黒猫がいうように 「喰いたかっただけ」かもしれないけどね!! ナイトメアとはまた違うホラーな世界観で描かれた現代の寓話としてのアニメーションも凄く面白かったですが、原作(児童文学)は映画とは少々お話が違うようなので、こっちはこっちで要チェックです!.

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『コララインとボタンの魔女 3D』ヘンリー・セリック監督インタビュー

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なんと、僕の大大大好きな映画『ナイト・メア・ビフォア・クリスマス』と同じ監督(ヘンリー・セリック)作品! これは見るしかないっしょ。 と思い鑑賞した次第であります。 ティム・バートン原案の『ナイト・メア・ビフォア・クリスマス』ほどの不気味さやキャラの濃さはありませんが、独特の世界観がたまりませんね。 ダークファンタジー好きは必見の作品。 そうでなくても映像がとてもキレイで惹きこまれるし、人形の動きに味があって、子供から大人まで楽しめること間違いなしです。 ただですね、児童文学が元にはなっていますが、なかなか怖いです。 決してホラーではないんですけどね。 いや、ぎりぎりホラーかも(笑) 普段ホラー映画を見慣れている僕でも、怖いと思いましたから。 とはいえ、血が出るわけでもなく、人が殺されるでもなく、最後は一応ハッピーエンドですから、ホラー苦手でも大丈夫ですよ。 ん?それなのに怖いと思わせるって・・・この映画すげーな! 何だ、何が怖いんだ?と考えたところ、分かりましたよ、怖さの正体。 映画『コララインとボタンの魔女』あらすじ 11歳の少女コララインは、仕事に忙しい両親にかまってもらえず退屈な毎日を過ごしている。 引越ししたばかりで友達もいなく時間を持て余していたコララインは、暇つぶしに家の中を探索していると小さな扉を見つける。 その扉の先は、コララインを楽しませてくれる、もう1つの世界だった。 コララインの願いを何でも聞いてくれるパパとママ。 花が咲き誇る幻想的な庭。 心躍るサーカスやショー。 もう1つのその世界は、コララインにとって夢のような理想の世界だった。 ただ1つ、その世界に住む人々や動物の目が、ボタンだということを除いては。 「ずっとここにいてもいいのよ」というママ。 でもそれには「目をボタンにする」という条件があった。 次第に明かされるママの正体。 コララインは慌てて元の世界に戻るが、そこには本当のパパとママはいなくなっていた・・・ 感想『コララインとボタンの魔女』が怖い理由はこれだ! コマ撮りで撮られたと思えない、なめらかな人形の動き、豊かな表情。 でもやっぱり生身の人間とは違う、無意識で感じ取る人形の動きのぎこちなさが味となって、魅入ってしまう。 ストーリー自体はシンプル。 でもこの映画、怖い。 いや、冒頭からなかなか雰囲気が不気味なんですけどね。 でも、不気味と恐怖は必ずしもセットではない。 それでは何が怖かったんだろう?と思い返すと、やっぱりこれだ。 目がボタン、これが怖い。 「目は口ほどに物を言う」なんてことわざがありますが、むしろ、「目は口よりも物を言う」の方が正しいと思わされます。 目の表情と言いますか、目が見えないと感情や本心が全く見えない。 この怖さって、ピエロに対する恐怖と似ています。 例え笑っていても、口では優しいことを言っていても違和感がある、信用しきれない。 何を考えているのか分からない。 分からないものに対して、人間は恐怖を感じます。 普段生活していても感じませんか?笑ってはいるけど、目は笑っていない人とか、サングラスをかけていて目が隠されている人とか。 こういう人って本心が見えなくて何か怖い、警戒してしまう。 そんな深層心理の部分で感じる恐怖をついてくる映画でした。 読んだのですが、原作でも魔女の正体については明かされていませんでした(汗) なのでここからは、僕の考察です。 ラスト、魔女はどう見ても虫のクモでした。 魔女の部屋にはクモの巣が張られていましたよね。 で、クモってキリスト教では「邪悪な存在で、罪深い衝動の現れ」とされているようです。 原作では無かった描きかたなので、監督は魔女の邪悪さをクモの姿にすることで表したかったのかなと思います。 それでは、どうして魔女は邪悪な存在になってしまったのか。 原作の中でコララインが「もうひとりのママは、どうしてあたしをほしがるの?」と黒猫にたずねます。 それに対し黒猫は、「たぶん愛する相手がほしいんだろう。 じぶんじゃないものが。 あるいは餌がほしいのかもしれない」と答えます。 また、コララインは魔女のことを「もうひとりのママは、なにも作り出すことはできない。 できるのは、形を変えたり、ゆがめたり、ねじったりすることだけだ」と推測。 そこから、魔女は、 愛する相手が欲しいが、自分で作ることは出来ない存在だと分かります。 それで僕は、ボタンの魔女の正体は、 子供がほしくても出来なかった女性の執念なのではないかと推測しました。 子供(愛する対象)が欲しい。 でも自分には作れない(産む事ができない)。 それでもどうしても欲しい、 欲しい、 欲しい・・・ 人から奪ってでも欲しい! だから親に不満を持っている子供を見つけては、甘い罠をしかけて魔女の世界に引きずり込み、本当の親から子供を奪い支配しようとする。 連れ去られた子供達は、魔女の「愛したい」という自分勝手な欲望の餌。 まさに 罪深い衝動の現れ そんな女性の邪悪な執念が魔物化し、ボタンの魔女が誕生したのではないかと考察しました。 そうすると、魔女の住む世界へ続く道って長細くて何というか・・・女性の膣にも思えてきます。 あの道は、魔女の子宮へ続く道だととらえることも出来るんです。 そう思って改めて映画を見ると、切ない話にも感じられます。 「あたなを愛しているわ。 だから欲しいものは何でもあげてる。 なのに何で私から逃げるの?私から離れないで。 離したくない。 離れない!」 ラスト、逃げていくコララインへ向かって「お願い、私をひとりにしないで!」と叫ぶ魔女が、何とも物悲しい・・・ それでも最後の最後、「つまらないと思っていた日常が、愛おしいものである」ことにコララインが気づいて終わるのが、心地良かったです。 最後に。 スタジオライカは最高です 以上、映画『コララインとボタンの魔女』が怖い理由&ボタンの魔女の正体を考察してみました。 原作者や監督が考えている魔女の正体とは違うかもしれません。 でも、映画は見た人がそれぞれ自由に解釈することが出来るもの。 これはあくまで、一個人の解釈です。 ちなみに、『コララインとボタンの魔女』を制作したスタジオライカは、他にもストップモーション作品をいくつか作っています。

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