ハレー彗星。 映画「君の名は」のティアマト彗星は実在天体?軌道は架空か

国立科学博物館

ハレー彗星

明治時代、ハレー彗星の接近時に、地球の空気が一時的に5分間無くなるという噂が流れ、全国各地で空気ボンベの代わりにするために、自転車のタイヤチューブを買い求める人々が殺到し、タイヤチューブの品切れが相次いだ。 タイヤチューブを手に入れられなくなった人は、洗面器に水を張り、そこに顔をつけて息を止める練習をしたという。 今から考えると、笑ってしまうようなこの話、実は本当にあったことのようです。 それは1910(明治43)年5月のハレー彗星接近時のことで、世間ではこのような「空気が無くなる」という噂が流れていました。 しかし実際にそれを信じて実行した人は数少なく、大きな混乱はなかったと当時の新聞は報じています。 また、これとは別にシアン毒説というものも存在しました。 これはハレー彗星の尾には有毒のシアン化合物が含まれていることが、当時の研究でもすでに知られており、ハレー彗星の尾が地球を包み込み、地球上の生物は皆、中毒死するというものでありました。 フランスの学者によって唱えられたこの説は、当時の科学技術とメディアの発達が恐怖を煽り、世界中の人々をパニックにさせたようです。 ちなみに前者の空気が無くなるという話、あのテレビアニメ「ドラえもん」の話の中にも、「ハリーのしっぽ」という題名で登場しています。 確か内容は、タイムマシンでのび太くんが明治時代に行き、そこでタイヤチューブが買えないで困っている曾おじいいちゃんに会い、それを助けようと現代から浮き輪のチューブを送るというものでした。

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ハレー彗星は災いをもたらすのか…流れ星にまつわる奇妙な歴史

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ハレー彗星:サラリーマン、宇宙を語る。 ホーキング織野の サラリーマン、 宇宙を 語る。 ハレー彗星を語る。 >>太陽系小天体[SSSB]>> ハレー彗星 ハレー彗星は約76年ごとに地球に接近する巨大なである。 古くは始皇帝の時代から出現の記録が残っている。 最近の接近は1986年であった。 次にハレー彗星が巡ってくるのは2061年である。 ハレー彗星は楕円軌道を描いてを公転する。 から最も離れるときの距離は、よりも遠い。 なぜハレー彗星というのか? ハレー彗星にかぎらず、古代から多くのの出現が目撃されてきた。 それらが周期的にを公転しているということを突き止めたのが、エドモンド・ハレーである。 過去に出現したの軌道を計算していたエドモンド・ハレーは、1682年、1531年、1607年の大彗星の軌道が同じであることに気が付いた。 ハレーは同じが76年周期で太陽を公転していると考え、次の出現が1757年と予言した。 このは、他の惑星の引力の影響で2年遅れの1759に出現したもののハレーの仮説が正しかったことが証明されたため、ハレー彗星と名付けられた。 エドモンド・ハレー自身は、彗星の再来を見るとなく1742年に没している。 ハレーの時代、彗星が周期的に太陽を公転していることは知られていなかった。 したがって、ハレー彗星は周期彗星であることが確認された第一号である。 主な回帰 1910年 5月19日には、地球が尾の中を通過した。 地球の酸素がなくなる、彗星のガスで中毒を起こす等のデマが起きたという。 もし、人類の科学の進歩が100年早かったら、尾の中の通過に合わせて、多くの探査機が投入されていたことだろう。 1986年 多くの探査機が活躍したが、中でもハレー彗星のコマに突入したヨーロッパ宇宙機関のジオットが目覚ましかった。 彗星の核は「汚れた雪玉」だという仮説が立証されたのだった。 またハレー彗星の核の形がひょうたん型であることも分かった。 その他、ソビエトとフランスがベガ1号・ベガ2号を打ち上げ、日本もさきがけ・すいせいをハレー彗星に接近させた。 スペースシャトルからハレー彗星を観測する予定もあったが、1986年1月28日のチャレンジャー爆発事故の影響でスペースシャトルの運用が凍結したためこれたの観測は中止になった。 ハレー彗星と流星群 は軌道上に塵をまき散らしている。 このような物質は、星の軌道上に留まっている。 地球がこの軌道を横切ると、軌道上の物質が地球大気に突入し流星が増える。 これがだ。 地球は5月と10月にハレー彗星の軌道を横切るので、この時期にが出現する。 5月が、10月がである。

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彗星(すいせい)とは

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ここ数年は雄大な尾をひく大彗星はあまり見られませんが、私は過去に記録的な大きさの彗星を見たことがあります。 私が初めて彗星を観たのは今から40年前の ウェスト彗星で朝方暗いうちに起きて友人と近くの岡の上まで自転車で観に行きました。 もちろんカメラを持っていき撮影しましたが、残念ながら白黒写真でしか撮影できませんでした。 当時でもカラーフィルムはあったんですが、現像を自分でやっていたためカラーフィルムは技術的に難しく手が出なかったんです。 でも、朝焼けに浮かんだ「ウェスト彗星」はそれはそれは美しく、40年経った今でも忘れられない光景です。 当時は天文仲間と一緒に見に行ったので喜びを分かち合えましたが、天文を知らない友人は彗星がどのような天体なのか分からず、と同じものと勘違いしている方が多くいました。 その方に私が撮影した「ウェスト彗星」の写真を見せると流れ星と勘違いしているみたいで、「これって願い事かなえられるくらい長く見えてるの?」って聞かれることがありました。 確かに彗星って別名「ほうき星」と呼ばれるように、画像だけみるといかにも星がすごいスピードで流れていくように見えるんですよね。 実際は彗星は見た目にはその場に止まって見えて流れ星のようにすぐに消えてなくなることはありません。 動きは「月」と同じように考えて良いでしょう。 私が観たウェスト彗星は記録によると尾の長さが 30度くらいまで発達して、20世紀では最も美しい彗星といわれています。 私がこの彗星を観られたことが本当にラッキーだったと思っています。 過去には1965年の 池谷・関彗星が長い尾をなびかせた姿が肉眼でも観測できたとされ天文史に残る大彗星だったようです。 1970年にはベネット彗星がマイナス3等級まで明るくなり、20世紀で最も明るい彗星とされています。 尾は20度ほど観測できたとされ、頭部が非常に明るかったそうです。 最近では2007年 マックノート彗星が史上最大の尾が観測され明るさはよりも明るかったそうです。 ただし、見ごろは南半球でしか見ることができず、日本では昼間しか見ることができない位置になってしまい夜間の雄大なマックノート彗星は見られませんでした。 それでも金星よりも明るいので昼間望遠鏡を使って撮影に成功した人もいたようです。 そして記録に残っている大彗星で最大級の大きさだったのがあの「ハレー彗星」です。 彗星といえばハレー彗星といわれるほど一番有名ですが、76年周期で戻ってくるといわれていて過去には物凄い姿を見せたことが記録に残っています。 ハレー彗星の尾が180度 1910年に現れたハレー彗星は事前に尾の一部がに被ることが判っていたため、当時ハレー彗星の尾はシアン系の有毒ガスといった噂が広がり大混乱したそうです。 中には 自転車のゴムチューブを購入してハレー彗星が通過中の5分間だけゴムチューブで呼吸しようとしていた人もいたようです。 結局有毒ガスでも何でもなかったそうですが、 ハレー彗星の頭が地平線に沈んだ後も尾は頂点にまで達していたそうです。 今みたいに彗星の実態を知っていれば、いらぬ恐怖を味わうことなくハレーすい星を思う存分に観賞できたのによけいなデマを流された人はいい迷惑でしたね。 合わせて読みたい記事: スポンサーリンク.

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