荒野行動仏顔。 “超実写版”「ライオン・キング」エルトン、ファレル、ビヨンセ他参加のサントラ3形態発売決定(ドワンゴジェイピーnews)

【荒野行動】日本最高峰の実力を持つオススメ配信者5選!

荒野行動仏顔

今最も人気のあるアプリとして勢いのある「荒野行動」。 禁断ボーイズをはじめとした、あらゆるYouTuberがゲーム実況を行なっていますが、どの実況者がオススメなのか迷っている方も多いはず。 そこで今回は「強さ」だけに焦点をあて、YouTuberからMirrativ配信者まで厳選して紹介していこうと思います。 荒野行動が上手くなりたい方は必見です! XOXO(れんにき) あらゆるFPS、TPSゲームにおいて常にトップを走り続けている言わずと知れた有名プレイヤー。 荒野行動においても、圧倒的エイム力と立ち回りで「日本一上手いのではないか」と評価する人も多い。 SMG、SG、AR、SRとあらゆる武器を使いこなし、前線も後衛もはれる正にオールラウンダー。 その中でも特に腰撃ちでのARや8スコARの射撃技術は必見。 また、親しみやすい性格から「れんにき(れんが本名)」の相性でも親しまれている。 有名クラン「ZT」創設者。 【参考動画】 【配信情報】 bykn XOXO氏と双璧の猛者。 bykn(バイキン)という名前の通り配信では多少毒を吐くこともあるが、そのプレイは本物。 XOXO氏と同様の二本指プレイヤー。 bykn氏の配信では、タイトルに「鬼エイム」と表記されていることが多いが、ここまでタイトル負けしないプレイヤーは珍しい。 あくまで個人的な感想だが、エイム力だけに焦点を当てれば、XOXO氏よりもbykn氏に軍配が上がるのではないだろうか。 有名クラン「Spark」創設者。 またbykn氏がクラン内で「唯一、自分についてこれる男」と評価し、その実力に最も信頼を置いている人物。 すたーみかん氏もまた、あらゆる武器を使いこなすオールラウンダーであり、後衛(スナイパー)が多いSparkで前衛を任されることも多い。 ちなみにbykn氏とのタイマン勝負では2勝2負の互角の戦いを展開した。 【参考動画】.

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なぜか憎めない。「81Keys」,アルパカ3兄弟に名前をつけよう

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先日行われた親鸞会の報恩講で、真宗大谷派の現役の住職さんが弁論大会に出場したそうです。 私の手元にそのパンフレットもあります。 堂々と名前も顔写真も掲載しています。 ただ、パンフレットの肩書は「教員」となっていますが。 この件については複数の人に状況を聞きましたが、人によって言うことが違うのでまだはっきりしたことはわかっていません。 ただ明らかなのが、大谷派の寺院の住職という立場のまま、周囲の人たちを親鸞会に勧誘したり、自分の寺の行事という位置づけで親鸞会の行事を主催しているといったことです。 この日本ではどんな宗教を信じようと自由です。 そして逃げも隠れもせずに本名をだして活動しているのですから、私からは何も言うことはありません。 この点は、選挙に勝つために脱会宣言した柴田未来さんよりよほどまともだと思います。 しかし、寺の住職という立場で親鸞会の布教をすることは許されないでしょう。 もし親鸞会の講師がその立場のままで他宗教の布教をしたら、除名どころではすみません。 大谷派という教団には私も様々な疑問を持っていますし、この教団には何万人という人が僧侶として所属しているのですから、その中の数人が親鸞会にシンパシーを感じて協力するのは不思議なことではないと思っています。 逆に親鸞会に愛想を尽かして東西本願寺に来る人は、その数十倍はいるのですから。 ただ、大谷派という教団は少なくとも教団に対して意見の言えるところです。 おかしいと思った所があれば言いたいことは言えるわけですし、批判も可能です。 親鸞会で寺や本願寺教団の批判を一人前にしてきたのかもしれないが、そのことをほかならぬ本願寺教団に対して言ってきたのでしょうか。 言わないのなら、単なる陰口でしょう。 彼の住職の言葉は現役の住職ということで、散々親鸞会のメディア戦略に使われてきました。 このブログで何度も報じたことですけど、会員を騙して高森会長の贅沢施設を次々と建設し、未だに自分たちの教団を隠さなければ布教一つできないようなところに、自分の立場が利用されていることに気づいて欲しいです。 住職という立場で人がついてくるのは、今まで大谷派という教団が、たとえ大きな問題を抱えているにせよ、曲がりなりにも門信徒と信頼関係を築いて、自浄作用を働かせてきたからです。 あなたの手柄ではありません。 親鸞会に勧誘する目的ならその看板は捨てるべきです。 当然でしょう。 住職という立場で親鸞会が重用してくれるのは、その看板が親鸞会の宣伝にとって極めて都合がいいからです。 あなた自身が求められている訳ではありません。 教員なのだから、そのくらいわかりませんか。 どちらにも片足突っ込んだままでいいとこ取りをするような生き方が果たして教えに対して誠実な態度なのかどうか、少しは考えてみるべきです。 自分のいる寺を守って育ててきた大谷派という教団に対して、きちんとけじめを付けてほしい。 創造していた以上に親鸞会は恐ろしい組織だという事ですか。 それでも、聴聞してきた仏教の内容は間違いない事だと確信できます。 嘘の塊ならば阿弥陀仏の本願も嘘になってしまいます。 本願が正しく説かれているから多くの人が聴聞し、寺の住職まで真剣に聴聞するのだと思います。 親鸞会は恐ろしい組織だと思い、関わらない様に避けてきましたが、阿弥陀仏の本願を説く聴聞だけは欠かさずに続けてきました。 親鸞会や会長が欲に塗れてガッカリでも弥陀の本願は真実だと確信しています。 高森先生の言う通りの本願でした。 本家本元の大沼氏の言う通りなのかな。 弥陀の本願を疑い、高森会長を善知識だと妄信しているからおかしな事になってしまうのですよ。 特に元専任講師の妄信ぶりは酷いものだ。 会長に裏切られても、まだ目が覚めないのだからね。 いつまで夢を見続けるのやら。 早く本願不思議に目覚めて下さいな。 投稿: 2016年10月24日 月 19時38分 最初から金や名誉が目的ではないと思います。 渇愛の法則でキリのない相対の幸福に夢中になってるだけなのでしょう。 少し親鸞会よりの鋭いコメントを投稿すると、スパムだとか言ってすぐに出入り禁止になってしまいとても寂しい思いをしていましたが、また自由に投稿できるようになって嬉しいです。 今度は蚊帳の外につまみ出す様な行為は勘弁してくださいね。 決して荒らしなどではなく、思った事を率直に書いただけなのですが、余りにも鋭い事を書きすぎましたかね。 言っておきますが、私は講師部なんぞではありませんよ。 導師にもなれない親鸞会の問題児のお花畑の会費も滞納するなまくらな会員ですよ。 本部も10年は御無沙汰ですね。 同朋の郷とやらも見た事ないね。 投稿: 2016年10月24日 月 19時54分 それならば、阿弥陀仏の本願の正しい解釈はどういう事になるのですか。 まさか誰かさんみたいに、「念仏称えたらどんな人でも助けます」とハッキリしない寝とぼけた事を言い出すのではないですよね。 悔しいけれど、高森先生の解釈の様に他力回向の信心を決定して念仏称える行者でないと報土の往生はかないません。 自力で深く信じて念仏してもダメなのです。 仏法は聴聞の一本道だと善知識方が口をそろえて言ってます。 だから、間違いだらけの危険な団体の中に忍び込んでまで本願を聞き続ける事が出来ました。 虎の穴に潜入する様な覚悟ですね。 身包み剥がされて食い殺される危険がいつも伴っていました。 これぞ命がけの求道と言いますね。 実際に高森教に堕ちて食い殺された人が沢山いるみたいですね。 本願よりも親鸞会を信じたら食い物にされちゃいますよ。 投稿: 2016年10月25日 火 06時54分 それは阿弥陀仏より賜る他力の信心でしょ。 自力がすたらなければ他力の信心はいただけません。 自力しかない凡夫が自力を捨てる事は死ぬ事と一緒でしょ。 自力でいくら念仏唱えても深く信じた事にはなりません。 でも、念仏には功徳があるから唱える事は悪ではないし、唱えるなとは言ってませんよ。 他力によって称えさせられる信心が伴った念仏がめでたいのであって、自力で唱える念仏では報土の往生は不可なわけですね。 自力も他力も分からないから苦労するのです。 やはり聴聞に極まりますね。 そこの所はしっかりと間違いなく説いてるから大谷派の住職も聞くのだと思いますよ。 それが抜けたら邪教になって誰一人として聞く人はいなくなりますよ。 早合点していなくなる人も多数いますがね。 他力が出るとまたスパムで出入り禁止になっちゃうのかな。 面白くないな! 投稿: 2016年10月25日 火 09時03分 深く信じるのと浅く信じるのは相対の世界でどれくらい信じればいいの? 共に自力の信心の背比べにすぎませんね。 求法太子が全財産で薪を買い、火をつけて真実知りたければ紅蓮の炎に飛び込めと善知識に言われましたね。 そんな事言う人がいれば、カルトだ騙されている、悪知識だと逃げ出すのが当然ですよね。 正に親鸞会とはそういう所ですね。 その中命を捨てて炎に飛び込んだから救われたのです。 そこまで聞かずにカルトだ悪知識だと騒いでいるだけの事です。 他力の信心は自力が無効と死ななければ獲られません。 迷いが深い人ですね。 自力でいくらお聖教を読んでも自力は自力でしかありませんな。 投稿: 2016年10月25日 火 11時24分 さよなら親鸞会を見る限り、カルト集団の恐ろしい側面が煮えたぎってますね。 親鸞会を妄信すれば救われると信じていた人が、おかしいぞと疑いを持って逃げ出したという事ですか。 最期に行き付く所は自力無効で三定死の必堕無間と知ればそうなるのも無理はないと思います。 世間体を捨てて、恐ろしい親鸞会に進んだ住職はそれなりに凄い仏縁の人だと思いますよ。 益々苦しい苦境に追い込まれると思いますが、真実聞いて明るくなるとは限りません。 阿弥陀仏に守護されながら苦境を体験させられますね。 真実を求める事はそう甘くはないですね。 全てを捨てて地獄を見る事になりますからね。 そなたは捨てモノにしがみ付いているだけですね。 投稿: 2016年10月25日 火 11時42分 親鸞会で言われる通りに妄信して、助かる宿善だと思って一生懸命に頑張る。 しかし、最期に知らされるのは、一つも宿善にならず、善は何一つ出来ずに後生の縁にはならない。 何も聴聞しておらず、何も変わっていない屍の自分。 本願を聞く耳が無いから金輪際助からない自分に泣かされます。 全部投げ捨てて求道してきたつもりが何も求道してない自分。 疑情が深く、疑情すら分からない。 ただもがき苦しむしかありません。 三定死の状態です。 その時に、「そのまま助けるぞ」と直の呼び声がハッキリと脳裏に聞こえます。 幼児の様な声が聞こえました。 本当だったと歓喜の心に満ち溢れます。 同じサヨナラでも、中退者と卒業者の違いです。 投稿: 2016年10月25日 火 13時13分 厚顔無恥の高森信者。 善の意味も念仏の意味も全く知らないで騒いでいる。 当然宿善の意味も完全に間違っている。 >自分の行った善が宿善になると思うから求道しているのでしょう。 正に聖道門の心で聴聞しているのだと思います。 回り道のようでも阿弥陀仏の方便願に叶ってますから確実にゴールに向かっていますよ。 聖道門と浄土門の違いさえ全く知らない恥知らず。 聖道門は浄土を願うことはない。 浄土門は浄土を願う。 聖道門の心で聴聞なら、さとりを得ようと聴聞すること。 愚か過ぎて、愚か過ぎて。 >会長が直接、献金しろとか勧誘しろなどと公の場で言った事は聞いた事ありません。 何度も言ってますよ。 宿善として財施をしろ、法施をしろと言っているのはなんなの? 19願の修諸功徳として六度万行の財施をしろ、法施をしろというのはなんの? 言い訳がお粗末過ぎ。 真実の信心を獲得した人はとありますね。 その前の部分も邪見驕慢の悪衆生は信楽を獲る事が難しいので、念仏の一行を三国の善知識方が進めたと書いてありました。 念仏の一行とは阿弥陀仏の本願の事ですね。 阿弥陀仏の本願は慶喜一念とあるように一念の信心という事ですよ。 絶対に助からない邪見驕慢の極悪人に勧められたのが弥陀の本願、念仏の道という事であって、念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 まずは自身が邪見驕慢の悪衆生だという事がハッキリと知らされなければ念仏の一行はすすめられません。 関係ないと思っているのでしょう。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 >念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 恥の上塗り 以下再掲 親鸞聖人の本願の言い換え 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 善導大師の本願の言い換え(親鸞聖人も引用) もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名号を称すること下十声に至らんに、わが願力に乗りて、もし生ぜずは、正覚を取らじ もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ 念仏称えたら助かるは間違いだという高森会長の解釈は、嘘でした。 残念ですけど。 投稿: 2016年10月25日 火 07時08分 投稿: 2016年10月25日 火 20時14分 もし人、われを念じ名を称しておのづから帰すれば、すなはち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆゑにつねに憶念すべしと。 (行巻・十住毘婆沙論) 「名を称しておのづから帰すれば」救われる。 問うていはく、なんがゆゑぞ観をなさしめずして、ただちにもつぱら名字を称せしむるは、なんの意かあるやと。 答へていはく、いまし衆生障重くして、境は細なり心は粗なり。 識颺り、神飛びて、観成就しがたきによりてなり。 ここをもつて大聖(釈尊)悲憐して、ただちに勧めてもつぱら名字を称せしむ。 まさしく称名易きに由(由の字、行なり、経なり、従なり、用なり)るがゆゑに、相続してすなはち生ずと。 (行巻・往生礼讃) 釈尊が勧められたのは念仏で、念仏して生ず。 投稿: 2016年10月25日 火 20時24分 「但有称名皆得往」といふは、「但有」はひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生すとのたまへるなり、かるがゆゑに「称名皆得往」といふなり。 (唯信鈔文意) ひとへに念仏をとなえる人のみ、みな往生すですね。 「汝若不能念」といふは、五逆・十悪の罪人、不浄説法のもの、やまふのくるしみにとぢられて、こころに弥陀を念じたてまつらずは、ただ口に南無阿弥陀仏ととなへよとすすめたまへる御のりなり。 これは称名を本願と誓ひたまへることをあらはさんとなり。 「応称無量寿仏」とのべたまへるはこのこころなり。 「応称」はとなふべしとなり。 (唯信鈔文意) 信心以前に「ただ口に南無阿弥陀仏ととなへよとすすめたまへる御のりなり」ですね。 もし人、われを念じ名を称しておのづから帰すれば、すなはち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆゑにつねに憶念すべしと。 (行巻・十住毘婆沙論) 「名を称しておのづから帰すれば」救われる。 問うていはく、なんがゆゑぞ観をなさしめずして、ただちにもつぱら名字を称せしむるは、なんの意かあるやと。 答へていはく、いまし衆生障重くして、境は細なり心は粗なり。 識颺り、神飛びて、観成就しがたきによりてなり。 ここをもつて大聖(釈尊)悲憐して、ただちに勧めてもつぱら名字を称せしむ。 まさしく称名易きに由(由の字、行なり、経なり、従なり、用なり)るがゆゑに、相続してすなはち生ずと。 (行巻・往生礼讃) 釈尊が勧められたのは念仏で、念仏して生ず。 念仏を称えて往生するが間違いだなんて邪説は、真宗からは絶対に出てこないのよ。 そんなお言葉は存在しないの。 信心とは、念仏称えて往生すると疑いなく信じた心。 念仏抜きで信心も救いもないってこと。 恥をかきたくないなら、二度とコメントしないこと。 投稿: 2016年10月25日 火 20時45分 >聞く耳がない人は聴聞できませんね。 耳で重ねて何度も聴かなければ聞くという事があり得ません。 疑い無く聞く事が聴聞ですよ。 疑いある間はいくら同じ話を聴いても何も聞いてないのと同じです。 またまた無知の恥さらし。 釈迦如来のみことには念仏する ひとをそしるものをば「名無眼人」と説き、「名無耳人」と仰せおかれたることに候ふ。 (末灯鈔) 念仏を否定する人、高森信者のことを無耳人というのですわ。 念仏称えて助かると浅くでも信じている人は無耳人ではないの。 >疑い無く聞くとはどういう事なのですか? 日本語分からないの? 疑うことが全くない、そのまま信じる、深く信じる、深信 思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ 思というのは信心なり、聞くというのも自力ではなく他力で聞くことであり、思い定めるのも阿弥陀仏の願力によって定まる 聴聞とは自力は微塵もないことをいうの。 日本語わかりますか? 投稿: 2016年10月26日 水 11時15分 大聖易往とときたまふ 浄土をうたがふ衆生をば 無眼人とぞなづけたる 無耳人とぞのべたまふ (浄土和讃) 浄土を疑っている人を無耳人とお釈迦様は仰ったのですがね。 この元は『安楽集』 また『目連所問経』のごとし。 「仏、目連に告げたまはく、〈たとへば万川の長流に浮べる草木ありて、前は後を顧みず、後は前を顧みず、すべて大海に会するがごとし。 世間もまたしかなり。 豪貴・富楽自在なることありといへども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 ただ仏経を信ぜざるによりて、後世に人となれども、さらにはなはだ困劇して、千仏の国土に生ずることを得ることあたはず。 このゆゑにわれ説く、《無量寿仏国は往きやすく取りやすし。 しかるに人修行して往生することあたはず、かへりて九十五種の邪道に事ふ》と。 われこの人を説きて無眼人と名づけ、無耳人と名づく〉」と。 経教すでにしかなり。 なんぞ難を捨てて易行道によらざらんや。 念仏称えて浄土に往きやすいのに、善に拘り、救われないと九十五種の邪道(高森外道を含む)につかえる人を、無耳人と仰っています。 悉く間違った高森外道を真宗と勘違いした喜劇コメントを恥じよ。 投稿: 2016年10月26日 水 11時40分 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。 (末灯鈔) 信前(自力)の念仏=また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ 信後(他力)の念仏=念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり 信前(自力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、あさく信じて 信後(他力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年10月26日 水 13時11分 負け惜しみだけは超一流(笑) --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 一日でこれだけ変わっているんですけど。 --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 (=念仏唱えたら助かるは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 投稿: 2016年10月27日 木 12時35分 そなたはお聖教を見て正しく解釈できるほど危篤な人なんだ。 偉い人なんだ。 深くたのんで=信心決定して 念仏称える人は必ず報土に往生できますよ。 邪見驕慢の人は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 分かりやすく言えばそういう意味であり、高森先生の言う事が正解になりますね。 これだけ解いてもまだ分かりませんか?よほど因業な人ですね。 もう親鸞会の事は全部忘れてウジウジグチグチするのはやめなさい。 どう解釈してもそなたの解釈は大間違いなんだからね。 もうやめなさい!! 大谷派の住職のようにプライドや地位名誉を捨てて素直になりなさい。 投稿: 2016年10月27日 木 20時54分 貴殿は日本語が不自由だからお聖教を読むことができないんだよ。 親鸞聖人は唯信鈔文意と一念多念証文の最後に、田舎の文字の意味も分からないような人のためにこの本を書いたと仰っているけど、そんな学のない人よりも日本語に不自由しているってことだね。 幼稚園並ってことで、それでは無理ですわ。 ちなみに高森会長は『会報 第三集』に 係念の宿善というのは過去に於て自力ながらも心を阿弥陀仏一仏にかけて念仏してきた善根をいい、諸仏の浄土を願わず、ただ弥陀一仏に念を係けて来たのだから係念といわれる。 『大無量寿経』には、これを「若人無善本」といい、二十願には「植諸徳本」と説かれている。 『定善義』に「過去已曾・修習此法・今得重聞」とあるのも、この係念の宿善を示すものである。 と書いているね。 善本とは念仏のことだよ。 化土巻にも 善本とは如来の嘉名なり。 この嘉名は万善円備せり、一切善法の本なり。 ゆゑに善本といふなり。 とあるでしょ。 高森会長でさえ知っていることを知らないなんて、高森外道の教義も理解していないじゃない。 高森会長以下の知能では、真宗の教義について理解するのは無理だ。 投稿: 2016年10月27日 木 21時13分 --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 深くたのんで=信心決定して=念仏往生とふかく信じて ニホンゴワカリマスカ? 邪見驕慢の人は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 =高森信者は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 ニホンゴワカリマスカ? 善本徳本がなければ信心決定して念仏称える人にはなれませんよ。 =念仏称えたことがなければ信心決定して念仏称える人にはなれませんよ。 ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年10月27日 木 21時18分 係念の宿善というのは過去に於て自力ながらも心を阿弥陀仏一仏にかけて念仏してきた善根をいい、諸仏の浄土を願わず、ただ弥陀一仏に念を係けて来たのだから係念といわれる。 『大無量寿経』には、これを「若人無善本」といい、二十願には「植諸徳本」と説かれている。 『定善義』に「過去已曾・修習此法・今得重聞」とあるのも、この係念の宿善を示すものである。 おぬしもたまにはそのとおりの事を言ってるじゃん。 「自力ながらも」という断りが大事なところだよ。 残念でした。 念仏称える事は確かに徳になり善になりますね。 そのことと深く信じて念仏称えるは違う意味ですね。 自力と他力の違いだという事が分かるかな。 日本語の問題じゃないのだよ。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて お聖教そのまま 投稿: 2016年10月28日 金 09時46分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 投稿: 2016年10月28日 金 10時07分 いくら言っても分からない人は一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 もう係るのは無駄だと知りました。 こういう奴に付き合うとまたスパムになって出入り禁止の刑やで。 大谷派の住職も多くの住職も利害関係や色眼鏡なく親鸞会の言う事を聞いてみて、本願とは何かと真面目に考える機会が出来たのは良い事だと思います。 聞いた上で間違いを指摘してより正しく開顕される事が真宗の繁栄になると思います。 派閥をつくって批判しあっていては共倒れやで。 自分の感情で批難し続けるウジウジグチグチ野郎は門外ですので相手になりません。 相当やられて恨みツラミ妬み、怒りの心に任せて親鸞会を潰す事に執念を持ち続けている哀れな姿が想像できます。 投稿: 2016年10月28日 金 11時33分 >問うてる事は概ね両方とも間違いないという事になります。 正しいと認めているじゃないの。 それなのに、 >一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 と間違いとまた言っているのは何? これも矛盾じゃないの? --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 --------------------------- ---------------------------- 名号を称える者は必ず報土往生間違いなしは間違いない事です。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- これが矛盾していないそうです。 矛盾の意味知ってますか? 投稿: 2016年10月28日 金 12時32分 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて お聖教そのまま 投稿: 2016年10月28日 金 14時38分 やっぱり日本語が不自由のようで。 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 他力の信心と書いた時点で、衆生が自分で信じるのではないってことでしょ。 こんなことを一々解説しないといけないの? 再度、 他力の信心は、自分で信じるんじゃないよ、他力の信心を深く信じると親鸞聖人は表現され、自力の信心を浅く信じると表現されているの。 相当程度が低いみたいだから理解できないと思うけどね。 投稿: 2016年10月28日 金 22時04分 愚かな人のために親切な解説 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心(自分でおこす信心) =信心あさく 他力の信心(阿弥陀仏から賜る信心) =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 深心はすなはちこれ真実の信心なり。 自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。 いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。 ゆゑに深心と名づく(行巻・信巻) 機の深信は、出離できるような善ができない。 (善ができないではなく薄く少ない) 法の深信は、念仏をして往生できることに疑いなし 念仏称えて助かるとハッキリスッキリ阿弥陀仏から賜ったのが、信心決定。 専修正行になりきはまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽国に生ずべしとなり。 (正信偈大意) 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まりきった人は、必ず報土に往生できる。 信心決定 =専修正行になりきはまるかたの執心 =阿弥陀仏により念仏一行と心が定まりきる 一心念仏の行者、一念慶喜の信心さだまりぬれば、韋提希夫人とひとしく、喜・悟・信の三忍を獲べきなり。 (正信偈大意) 信心決定 =一心念仏 =一念慶喜の信心さだまり 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まったことを信心決定という。 投稿: 2016年10月28日 金 22時09分 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まったことを信心決定という。 ようやく素晴らしい解釈になりましたね。 その通りですね。 阿弥陀仏より賜る信心でないと念仏一行にはなれないという事ですよね。 自分で念仏一行と定めるは仮土往生であり方便です。 18願の報土往生が阿弥陀仏の本心です。 18願を心底ハッキリ聞くには、重ねて耳より聴聞するしかないのです。 自分で念仏一行と定まった人は真実の善が出来ない自己を知っている筈だと思います。 だから、善は必要ないとまで言い張ったのだと思います。 最期は善も聴聞も唱える念仏も一つも間に合わなかったと知らされます。 極悪人がそのままで救われる不思議な願力だと驚きますよ。 投稿: 2016年10月29日 土 07時14分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 投稿: 2016年10月29日 土 07時31分 矛盾の意味さえ知らないし、支離滅裂、竜頭蛇尾の思考 以下再掲 お聖教通りのお言葉で、解釈とか以前の話ですがね。 日本語も不自由で、論理も無茶苦茶な人は、コメントを控えた方が宜しいかと思いますよ。 正しいと認めているじゃないの。 それなのに、 >一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 と間違いとまた言っているのは何? これも矛盾じゃないの? --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 --------------------------- ---------------------------- 名号を称える者は必ず報土往生間違いなしは間違いない事です。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- これが矛盾していないそうです。 善が出来ると自惚れ一杯なのが凡夫の性分なのよ。 自惚れ一杯の凡夫は命がけで諸善をやらなければ善が出来ない事すら分からぬの。 そなたは、善が出来ないと知っていると自惚れてるだけだ。 善が出来なければ、功徳のある名号を信じるしかないよね。 阿弥陀仏の本願を聴聞していれば何とかなるとすがります。 でも最期はその聴聞すらまともに出来なんだと知らされてもがき苦しみます。 自惚れ一杯の凡夫は自惚れてる事すら分かりません。 そなたのように・・。 邪見驕慢の悪衆生だと思いもしません。 そんな救いようのない奴は三願転入の道で真実に近づく以外に方法がありません。 方便の願が必要です。 それが調熟の光明なのです。 投稿: 2016年10月29日 土 08時26分 やっぱり本心が出た。 >言葉では矛盾に思えても、意味は全然矛盾してないよ。 >善が出来ると自惚れ一杯なのが凡夫の性分なのよ。 >自惚れ一杯の凡夫は命がけで諸善をやらなければ善が出来ない事すら分からぬの。 そなたは、善が出来ないと知っていると自惚れてるだけだ。 言葉では矛盾しているから意味も矛盾しているのよ。 日本語が不自由だと分からないだろうけど。 悪人は善ができるなんて最初から思っていないんだよ。 善をしようという気すらないんだからね。 仏法・世俗の二種の善根あることなし。 ただ悪を作ることを知るのみ。 (観経疏) 悪人とは、仏法を求める気もなく、倫理道徳の善さえする気のないもののこと。 そんなものが救われるのが18願念仏。 これを否定することを仏智疑う罪、疑情、無明の闇というのね。 つまり、貴殿は仏智疑う罪、疑情、無明の闇満載の者と言うことだ。 もちろん貴殿は邪見驕慢の悪衆生ですが、退会者は邪見驕慢の悪衆生ではない。 投稿: 2016年10月29日 土 08時43分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 9.三願転入する必要があるの? 親鸞聖人 三願転入は遠回りの道で、悪人には無関係 高森外道 全人類は必ず三願転入しなければ絶対に救われない 投稿: 2016年10月29日 土 08時46分 やっぱり思考がおこちゃまですね。 悪人の往生とは この三品は、尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めずといへども、臨終の時はじめて善知識に遇ひてすなはち往生を得。 (選択集) 『観経』の下輩は、みなこれ一生造悪の機なるがゆゑに、生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり。 しかるに臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐといへり。 (真要鈔) こういうもの。 善をしようとも思わないし、善と言う方便もないのに臨終に念仏称えて救われるというのが18願。 これを 『観経』には「極重の悪人他の方便なし。 ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得」(行巻) と仰っている訳。 極重の悪人には善と言う方便がないの。 ではどのようにして往生するのかといえば、ただ弥陀を称してと念仏称えて極楽に生まれるというのが18願。 悪人に善なんか無関係なのよ 投稿: 2016年10月29日 土 09時50分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 9.三願転入する必要があるの? 親鸞聖人 三願転入は遠回りの道で、悪人には無関係 高森外道 全人類は必ず三願転入しなければ絶対に救われない 10.悪人に善という方便が必要なの? 親鸞聖人 極重の悪人他の方便なし 高森外道 悪人にこそ方便が絶対に必要 投稿: 2016年10月29日 土 09時53分 観経下品下生往生 下品下生といふは、あるいは衆生ありて不善業たる五逆・十悪を作り、もろもろの不善を具せん。 かくのごときの愚人、悪業をもつてのゆゑに悪道に堕し、多劫を経歴して苦を受くること窮まりなかるべし。 かくのごときの愚人、命終らんとするときに臨みて、善知識の種々に安慰して、ために妙法を説き、教へて念仏せしむるに遇はん。 この人、苦に逼められて念仏するに遑あらず。 善友、告げていはく、〈なんぢもし念ずるあたはずは、まさに無量寿仏〔の名〕を称すべし〉と。 かくのごとく心を至して、声をして絶えざらしめて、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。 仏名を称するがゆゑに、念々のなかにおいて八十億劫の生死の罪を除く。 命終るとき金蓮華を見るに、なほ日輪のごとくしてその人の前に住せん。 肉体の臨終です。 投稿: 2016年10月29日 土 11時45分 真要鈔の前後 問うていはく、『観経』の下輩の機をいふに、みな臨終の一念・十念によりて往生を得とみえたり。 まつたく平生往生の義を説かず、いかん。 答へていはく、『観経』の下輩は、みなこれ一生造悪の機なるがゆゑに、生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり。 しかるに臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐといへり。 これすなはち罪ふかく悪おもき機、行業いたりてすくなけれども、願力の不思議によりて刹那に往生をとぐ。 これあながちに臨終を賞せんとにはあらず、法の不思議をあらはすなり。 もしそれ平生に仏法にあはば、平生の念仏、そのちからむなしからずして往生をとぐべきなり。 平生と臨終の比較。 もちろん肉体の平生と臨終 投稿: 2016年10月29日 土 11時50分 >直前までは心底より善知識を善知識だと信じておらず疑ってますから、臨終に善知識に遇うという事になりますし、極重の悪人と知らされて韋提希の様にもがく人にとっては他に方便がある訳ありませんから。 肉体の臨終になって初めて仏法を聞く気になるから、「尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めず」なんですよ。 平生に仏法を聞くなら「尋常の時ただ悪業を造りて往生を求める」ですね。 極重の悪人と知らされるなんて、妄想以外の何物でもない。 歴代の善知識で、御自身のことを極重の悪人、あるいは逆謗と仰った方がおられますか? 法然上人も親鸞聖人も、われら五逆をつくらず、と仰っていますから、下品下生ではない、つまりわれらは極重の悪人でも逆謗でもないってことですわ。 投稿: 2016年10月29日 土 11時56分 これは文章だけみれば、臨終とは死ぬ時だと思いますが、体失不体失往生の淨論で親鸞聖人が若不生者の生まれるを死んでからではなく、心が生まれると読んだのと一緒だよ。 一度死んで生まれるのは心の事ですね。 死ぬのは臨終の事ですね。 だから、心の臨終の事を言ってますね。 善恵坊の大先生ですら間違えるくらい難しい事なので、そなたがそう思うのも無理がないと思います。 普通に考えても、一生悪を作り続けて、臨終に善知識が現れて念仏唱えたら極楽だなどと虫のいい話はありません。 善知識たのみだよそれじゃね。 生臭坊主でも善知識になれるのかな。 だいたい死ななければ坊さんは来てくれないよ。 意味を知らずに文章だけ読んでるとそういうおかしな笑い話になるのだよ。 投稿: 2016年10月29日 土 13時08分 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、平生に突然心の臨終である三定死を勝手に迎え、なぜか仏法を聞く気になり、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、心の臨終である三定死の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、心の臨終で心が死んだあと往生した。 これが観経の下品下生の往生ってことらしい。 仏法を聞かなくても、心の臨終がやってくるから、高森会長から話を聞く必要ないってことね。 心の臨終がくるまで寝て待っていようね、異星人さん。 でも、やっぱり善をせずに念仏称えて往生することは、何も変わりませんから、善を勧めるのは善知識ではないってことで、それくらいは認めるのね、異星人さんは。 それとも、善をしていないと釈尊は説かれているけど、実際は善をしているに決まっている!!と天台大師と同じことをいうのかな? 心の臨終のあと、善知識に遭ったというのも嘘で、本当は善知識に遭ったあとに心の臨終を迎えたに決まっているから、観経は間違いだ!と言いたいのかね。 謗法の限りを尽くして、無間地獄星に言ってくださいね。 投稿: 2016年10月29日 土 15時23分 高森外道を信じる異星人さんの観経下品下生の解釈は、 1.善をしていないというのは嘘だ、絶対に善をしているがしていないと釈尊が嘘を仰っただけ。 2.念仏を10回称えて往生したというのも嘘だ、これは心の往生を遂げた後の報謝の念仏だ、順番を釈尊が間違えただけ。 3.心の臨終である三定死を迎えた後に初めて善知識に遭ったことになっているが嘘だ、善知識に遭って善を勧められて善ができないことを知らされてから三定死を迎えたのに、釈尊が嘘を仰っただけ。 4.観経のお言葉通りに説明した善導大師、源信僧都、法然上人、親鸞聖人、存覚上人は無能だ、観経の嘘を見抜くことができない解釈は無意味。 こういうことでOKですか? 投稿: 2016年10月29日 土 15時47分 観経の下品下生を心の臨終と解釈すると文字通りでは 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、平生に突然心の臨終である三定死を勝手に迎え、なぜか仏法を聞く気になり、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、心の臨終である三定死の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、心の臨終で心が死んだあと往生した。 こうなります。 そうなると異星人さんの >仏法を真剣に聴聞しなければ三定死もなければ、念仏称える事もないでしょ。 そのまま滝壺に堕ちるだけだよ。 ここに抵触する訳です。 だったら、善の勧めも含めて以下のように修正しないとおかしくなる。 1.善をしていないというのは嘘だ、絶対に善をしているがしていないと釈尊が嘘を仰っただけ。 2.念仏を10回称えて往生したというのも嘘だ、これは心の往生を遂げた後の報謝の念仏だ、順番を釈尊が間違えただけ。 3.心の臨終である三定死を迎えた後に初めて善知識に遭ったことになっているが嘘だ、善知識に遭って善を勧められて善ができないことを知らされてから三定死を迎えたのに、釈尊が嘘を仰っただけ。 4.観経のお言葉通りに説明した善導大師、源信僧都、法然上人、親鸞聖人、存覚上人は無能だ、観経の嘘を見抜くことができない解釈は無意味。 結論は、観経もお言葉通り読むな、釈尊も善導大師も源信僧都も法然上人も親鸞聖人も読み間違えているとなる。 簡単でしょ。 投稿: 2016年10月29日 土 17時29分 観経の下品下生の常識の解釈というか、地球人ならこのようにしか読めない。 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、肉体の臨終に死後の不安から、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、肉体の臨終の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、肉体の臨終で肉体が死んだあと往生した。 心の臨終って、地球人では読めないわ。 ここで分かることは、 1.善知識は善を勧められていない。 2.善を全くすることなく念仏を称えただけで往生している。 高森会長の言っていることを、完璧に粉砕した内容。 投稿: 2016年10月29日 土 17時58分 衝撃的なコメント有難うございます。 高森先生の話に疑問を持ちながらも、ずるずる会員を続けてきましたが、観無量寿経の下品下生については、目から鱗が落ちるよりも遥かに衝撃的な内容です。 善のすすめもないし、信後の報謝としか聞いていない念仏を称えて助かるなんて、高森先生は一度として御法話で話されたことがありません。 これが親鸞聖人の正しいみ教えだったのですね。 講師かどうか知りませんが、支離滅裂でなんら反論できないコメントの連続にも驚きです。 財施の要求もこれできっぱり拒否します。 波風立たないように、ひっそりと親鸞会から去っていくようにします。 投稿: 原液 2016年10月29日 土 19時03分 論点が難しくてよく分かりませんが、観無量寿経の念仏を称えればどんな人も必ず助かるという事なのですか? 大無量寿経が真実の願だと聞かされ続けてきましたが、観無量寿経の教えを信じて念仏すれば何の心配もいらないし、仏教を真剣に聞く必要もないという事なのですか? 大無量寿経が真実で他のは方便の願だとずっと聞かされてきましたが、騙され続けてきたという訳ですね。 いよいよ死ぬ直前になって南無阿弥陀仏と言えばそれだけでいいという極めて単純で簡単な教えが本当の親鸞聖人の教えだったのですね。 本当にありがたい教えですよね。 もう親鸞会で仏教聞くのはやめて欲に任せて好き勝手な事をして楽しく生きます。 もう仏教の為にお金はびた一文だしません。 投稿: 2016年10月29日 土 20時37分 イエスの十二使徒のトマスとバルトロマイ ナサナエル が西暦52年にインドに渡り、 建築家として名を成して大手スポンサーを得た後、各地でイエスの教えを説いた。 彼の説いた教義は以下の7つに要約される。 そして身代わりになる事で、人々がその名を唱えるだけで救われるほどの 偉大な存在となったと説かれている。 ちなみに「南無阿弥陀仏」とは「アミダ様を信じます、帰依します」という意味である 対するキリスト教のシンボル・イエスもまた 人々の罪の「身代わり」となって死んだ存在であり、 「主 イエス の名を呼ぶ者は、みな救われる」 使徒2章21節 と聖書に記されている。 と、宗教固有の特徴を並べて比較していくと、何から何まで不自然なほどソックリである。 というのも、実は阿弥陀仏とは、当時の仏教徒がそのままイエスを取り込んで作り上げた存在であり、起源においてイエスと同一の存在であるからなのだ。 唱えている人間は全く知らない場合が多いが、実は「南無阿弥陀仏」とは、「イエス様を信じます」の意味なのである。 投稿: 2016年10月30日 日 11時02分 ちなみにこんにち伝えられている釈迦像も、実は本来の姿ではなく、2世紀にインドの仏教僧・馬鳴 アシュバゴーシャ によって作られたものである。 これにもまた、シッダールタ本人の伝道の歴史を核として、キリスト教の教えが多分に混入している。 ダビデ王の血筋から生まれたイエス。 浄飯王の血筋から生まれた釈迦。 偉大なる王であり偉大なる救い主になるだろうと、幼少に女性に預言されたイエス。 偉大なる王か偉大なる宗教指導者になるだろうと、幼少に女性に予言された釈迦。 少年期に沢山の祭司たちを相手に驚嘆させる才能を示したイエス。 少年期に沢山のバラモンたちを相手に驚嘆させる才能を示した釈迦。 30歳まで何をしていたのか定かでなく、その後出家してヨルダン川で洗礼を受けたイエス。 29歳まで何をしていたのか定かでなく、その後出家してニレンゼン川で洗身を受けた釈迦。 荒野において40日間悪魔の3つの誘惑 マタイ4章1~11節 に耐えて修行を積み、自らの教義を確立したイエス。 菩提樹の下において49日間悪魔 マーラー の3つの誘惑に耐えて修行を積み、自らの教義を確立した釈迦。 偉大なる牛飼いシャカと、偉大なる羊飼いイエスは その他経典に見られる様々なエピソードに至るまで異様なまでに似ている。 成立年代を見るとキリスト教の方が先である事から、恐らくイエス伝の側がオリジナルである。 要は仏教徒の多くは、本来の釈迦の伝記だけではなく、 実は後世付与されたキリストの物語を、釈迦の伝記だと思い込んで 古来から有難がってきたというのが真相なのである。 投稿: 2016年10月30日 日 11時18分 聖書はいつ誰がどこで書いたのか不明の書物ですが、5000年以上前の文明の産物、預言本なのは確かです。 今の文明の前の高度文明からの叡知です。 キリスト教は道を踏み外しましたが、東の果てでイスラエル国を作り、形を変えて伝え続けられるようです。 日本神道の奥義もそれに当たりますが、一番は阿弥陀仏の本願を説く親鸞聖人の教えの事だと確信します。 残念ながら本願寺は儀式になり正しく説かれていません。 念仏唱えたら死んだら極楽だと、アーメンと言えば全ての罪が消えると言っているキリスト教と同じ邪教です。 聖書では一度死んで不滅体に復活すると書いてありますが、これぞ信心決定の事だと解釈できます。 キリスト教ではイエスが貼り付けで処刑された後に復活体になって再臨したと肉体の事にとらわれて間違えています。 投稿: 2016年10月31日 月 09時19分 イスラエルのカド族が日本に侵入して国を作りました。 だからミカドと名乗ります。 皇室で秘密の儀式が行われてますが、神社でも真似事をしています。 イエスは一度処刑になり、絶対神の力で絶対に死なない復活体になって再臨したというのがキリスト教ですが、親鸞聖人の教えは平生業成であり、肉体は生きたまま一度死んで阿弥陀仏の願力により絶対の幸福に生かされます。 聖書の通りの体験ですね。 キリスト教や本願寺は臨終に名を唱えて死んだら極楽だ天国だと聞き間違っています。 ならば、仏教の歴史は2600年ではなく、10000年よりも長い無始よりの教えになります。 それが阿弥陀仏の本願であり、親鸞会で生きているのかもしれません。 それを浅はかな知恵で日本語がどうのと計ってもダメですね。 投稿: 2016年10月31日 月 09時35分 阿弥陀仏の本願で大宇宙が満ち溢れていて、その中にあぶくの様に現れたのが佛教でありキリスト教なのよ。 聖書は前文明の遺産であり、前文明は天体による天変地異により水没して滅亡しました。 それがノアの箱舟であり実際に引き起りました。 化石や原油はその時の遺物なのです。 再び天体による天変地異が起こります。 それが黙示録なのよ。 ゴットによる救いと阿弥陀仏の本願は共通したものがあるのよね。 バチカンが作った新・旧約聖書も、結集して作った経典も解説書であって、本願を体得するのが目的なのです。 解説書は本質の本質は表しきれてないのです。 だから、時代や人によって変わってしまうのよ。 その変質したモノをただ信じてもダメなのよ。 信じるとは疑いがなくなった事なのです。 投稿: 2016年10月31日 月 09時58分 邪馬台国時代の日本列島が東西真っ二つだったって事も知ってるかな。 魏志倭人伝にハッキリと書いてあるよ。 だから、飛騨、信州から貝やクジラや魚の化石が沢山出てくるのよ。 日本列島が世界地図の縮小版だって事もしってるかな。 竜の形をしてるのよ。 狛犬は二つあったスフインクスのあうんを表してるって知ってるかな。 平安京が十字架にかけられたイエスを表す人型にデザインされて作られたって事も知ってるかな。 日本が東のイスラエルだって事を知ってるかな。 君が代をヘブライ語に当てはめると見事にその事が浮き彫りになるって事も知ってるかな。 不思議な国が日本なんですよ。 投稿: 2016年10月31日 月 12時26分 >>カルトだと言っているのは個人的な感想なのですから。 誰もカルトだと決めつけは出来ないと思います。 工作員の方々はこれを見てランクアップしようとしないとは思いますが。 是非カルトと呼ばれないように善をして下さい。 投稿: 2016年11月 2日 水 14時48分 >親鸞会がカルトではなく本物だと信じて続けている人も沢山います。 その人にカルトだと言うのも信教の自由に違反だと思います。 カルトだと言っているのは個人的な感想なのですから。 誰もカルトだと決めつけは出来ないと思います。 決めつけられるのならば親鸞会と一緒ですね。 だから忘れるのが一番だと思いますよ。 カルトだと思ったり言ったりすること自体は憲法の信教の自由には反しないと思いますよ。 右翼系カルト団体だと認定されている日本会議の構成新興宗教は 統一教会や成長の家その他右翼系神道新興宗教だとされていますが、本人達ははカルトだとは思っていないでしょう。 カルトかどうかというのは、外形から判断されるものです。 本人達は自分たちが信じている宗教は真実でありカルトではないと皆思っていますから。 創価学会がカルトだと認定されたのは、信じている内容ではなくやっていることからそのように判断されたのです。 以下信教の自由について 信教の自由のうち内心の信仰に関するものについては、思想・良心の自由(日本国憲法第19条)と同じく絶対的無制約と解されている。 内心の信仰において邪教か真正な宗教かという判断については、国民の手に委ねられるべきものであって、公権力が決定すべきでないと解されている。 これに対して、外部的行為を伴うものについては、信仰の表明としてなされた行為であっても他者の権利や利益に対して現実的・具体的害悪を及ぼす場合にまで絶対的に保障されるものではない。 投稿: 2016年11月 2日 水 21時26分 確かに親鸞会は高森会長を中心に全てが構成されているように見えるので、外見はカルトそのものだと思いました。 しかし、親鸞聖人の浄土真宗の仏教ですね。 阿弥陀仏の本願をいつも正しく説ききっています。 初めて聞く人から宿善開発して聞く人まで聞く一つで救われる説法でした。 初歩の人はどうしたら救われるのかと聞き、開発した人は一大事が分からないほど迷いが深く、一大事が分からないのが一大事だと苦悩します。 無条件でそのまま助けるのが弥陀の本願だと深く信じる事が出来たのがたのむ一念だとハッキリ答えてました。 他にそうハッキリ答える人は無く、お聖教読んでも読み間違えるだけだ。 事は後生の一大事ですぞ。 投稿: 2016年11月 3日 木 06時59分 実は昨日数年ぶりに座談会に顔を出しました。 やはり、カルトだと思いました。 真面目な質問とその答え、全て阿弥陀仏の本願が元になったハッキリ間違いない答え、獲信の道程、どれをとってもパクリでは絶対に答えられない内容でした。 千円は払うつもりで用意してましたが、ご法礼も自由にと書いてあり、出せとは誰も言わずに締め切りますで終わり、一円も取られませんでした。 無常と罪悪を凝視して毎日お勤めをする事が本願を計らう事なく聞けるようになる道だと正しく分かりやすく間違いなく話してました。 さよなら親鸞会をさよならします。 長い間視覚障害に騙されていました。 これからは寝返ったコメントを書き込みます。 投稿: 2016年11月 3日 木 07時13分 しばらく離れているうちに、頭真っ白けの老人になってましたが、本願の説法は健在で変わってませんでした。 欲深爺さんになって衰弱しているかと思いきや、益々元気に本願を力説していました。 世界中の人がネット回線で聞いていました。 大船は完成してあるのに、無耳人無眼人である全ての人は分からなく、分からない事を全て知った上の本願なので、そのままだと聞く事が出来た人が深く信じた人で弥陀をたのむ人なのであり、深く信じて念仏する人は必ず報土に往生できます。 念仏唱えたらと本願を計らっている人は本願に相違して、信じる事たのむ事は出来ません。 疑問が解けました。 無常と罪悪を見つめて聴聞する事しかありません。 善をやれとか金出せとかああしろこうしろという話は一切不要でした。 このサイトで深く信じて念仏の文を出して頂いたお蔭で高森先生から正しく聞く事ができました。 感謝しています。 離れた他の人も正しく聞ける事を念じています。 これからもコメントを書き続けますので宜しくお願いします。 なお、私の事をボケだとののしった人を軽蔑します。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。 (末灯鈔) 信前(自力)の念仏=また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ 信後(他力)の念仏=念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり 信前(自力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、あさく信じて 信後(他力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 投稿: 2016年11月 3日 木 16時33分 『カルトの見分け方 必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。 1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。 ncv. 投稿: 2016年11月 4日 金 09時37分 >因果の道理は仏様でも変える事が出来ません。 まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果はわれらがところに成ず。 世間・出世の因果のことわりに超異せり。 和尚(善導)はこれを「別異の弘願」とほめたまへり。 (安心決定鈔) 阿弥陀仏の救いは、因果の道理を超えて異なっているのですが。 しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。 因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。 (信巻) 他因自果が阿弥陀仏の救いですが。 弥陀超世の大願、十悪・五逆・ 四重・謗法の機のためなれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられたてまつりて、三途の苦因をながくたちて猛火洞燃の業果をとどめられたてまつること、おほきに因果の道理にそむけり。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いは因果の道理に大いに背いているのですが。 もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねをりたる他力の別途むなしくなりぬべし。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いが因果の道理に沿っていなら、阿弥陀仏・釈尊・諸仏の御苦労は無駄になりますが。 投稿: 2016年11月 5日 土 06時57分 >「大功徳を、衆生に回向しましますゆえに」 仏になる因を我らに与えてくださる、つまり他因自果 >「五逆の罪の重きを知らせんがためなり」 やはり引っ掛かりましたね。 此の前に10回の念仏で、とあるから、親鸞聖人は1回の念仏でも罪は消えるけれど、10回の念仏と説かれることで「五逆の罪の重きを知らせんがためなり」なんですよ。 >この念仏とは一切の計らいのなくなった念仏の事だよ。 そんなこと当たり前でしょ。 何を今更言っているの? お聖教の根拠の一つも出せないで、因果の道理と阿弥陀仏の救いに矛盾がないとか善知識と言っていることが180度違うのよ。 ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年11月 5日 土 11時31分 まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果はわれらがところに成ず。 世間・出世の因果のことわりに超異せり。 和尚(善導)はこれを「別異の弘願」とほめたまへり。 (安心決定鈔) 阿弥陀仏の救いは、因果の道理を超えて異なっているのですが。 しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。 因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。 (信巻) 他因自果が阿弥陀仏の救いですが。 弥陀超世の大願、十悪・五逆・ 四重・謗法の機のためなれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられたてまつりて、三途の苦因をながくたちて猛火洞燃の業果をとどめられたてまつること、おほきに因果の道理にそむけり。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いは因果の道理に大いに背いているのですが。 もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねをりたる他力の別途むなしくなりぬべし。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いが因果の道理に沿っていなら、阿弥陀仏・釈尊・諸仏の御苦労は無駄になりますが。 投稿: 2016年11月 5日 土 06時57分 投稿: 2016年11月 5日 土 12時03分 総まとめ 1.仏になる因は? 親鸞聖人 阿弥陀仏の御修行の因を賜る 高森信者 因は我らで縁だけ賜る(全て弥陀の一人働き) 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 投稿: 2016年11月 5日 土 12時49分 釈迦如来のみことには念仏する ひとをそしるものをば「名無眼人」と説き、「名無耳人」と仰せおかれたることに候ふ。 (末灯鈔) 念仏を否定する人、高森信者のことを無耳人というのですわ。 念仏称えて助かると浅くでも信じている人は無耳人ではないの。 大聖易往とときたまふ 浄土をうたがふ衆生をば 無眼人とぞなづけたる 無耳人とぞのべたまふ (浄土和讃) 浄土を疑っている人を無耳人とお釈迦様は仰ったのですがね。 この元は『安楽集』 また『目連所問経』のごとし。 「仏、目連に告げたまはく、〈たとへば万川の長流に浮べる草木ありて、前は後を顧みず、後は前を顧みず、すべて大海に会するがごとし。 世間もまたしかなり。 豪貴・富楽自在なることありといへども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 ただ仏経を信ぜざるによりて、後世に人となれども、さらにはなはだ困劇して、千仏の国土に生ずることを得ることあたはず。 このゆゑにわれ説く、《無量寿仏国は往きやすく取りやすし。 しかるに人修行して往生することあたはず、かへりて九十五種の邪道に事ふ》と。 われこの人を説きて無眼人と名づけ、無耳人と名づく〉」と。 経教すでにしかなり。 なんぞ難を捨てて易行道によらざらんや。 念仏称えて浄土に往きやすいのに、善に拘り、救われないと九十五種の邪道(高森外道を含む)につかえる人を、無耳人と仰っています。 悉く間違った高森外道を真宗と勘違いした喜劇コメントを恥じよ。 投稿: 2016年11月 5日 土 13時01分 総まとめ 1.仏になる因は? 親鸞聖人 阿弥陀仏の御修行の因を賜る 高森信者 因は我らで縁だけ賜る(全て弥陀の一人働き) 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 投稿: 2016年11月 5日 土 13時02分 総まとめ 1.我らが仏になる因は? 親鸞聖人 因がないのではない、阿弥陀仏の御修行が因、縁も阿弥陀仏から賜る 高森信者 因は凡夫にも阿弥陀仏にもない。 阿弥陀仏の縁だけ賜る 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 投稿: 2016年11月 5日 土 13時27分 >因果の道理が分からないとはそういう事だよ。 因果の道理は幼稚園児でも知ってるよ。 上品中生の条件である深信因果(観経疏) 深く世・出世の苦楽二種の因果を信じ、これらの因果およびもろもろの道理に疑謗を生ぜざることを明かす。 上品下生の条件である亦信因果(観経疏) 所信の因果不定なることを明かす。 あるいは信じ信ぜず。 ゆゑに名づけて「亦」となす。 あるいはまた前の〔上品中生の〕深信に同じかるべし。 また信ずといへども深からず。 善心しばしば退し、悪法しばしば起る。 これすなはち深く苦楽の因果を信ぜざるによりてなり。 簡単な説明 因果の道理を深信することができたら、上品中生の善人 因果の道理を信じたり信じられなかったりする状態なら、上品下生の善人 幼稚園児でも上品下生の善人だとさ。 投稿: 2016年11月 5日 土 14時23分 しかるに常没の凡愚、定心修しがたし、息慮凝心のゆゑに。 散心行じがたし、廃悪修善のゆゑに。 ここをもつて立相住心なほ成じがたきがゆゑに、「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだかつて開けず」(定善義)といへり。 いかにいはんや無相離念まことに獲がたし。 ゆゑに、「如来はるかに末代罪濁の凡夫を知ろしめして、相を立て心を住すとも、なほ得ることあたはじと。 いかにいはんや、相を離れて事を求めば、術通なき人の空に居て舎を立てんがごときなり」(同)といへり。 (化土巻) 常没の凡愚が散善をすることは、神通力の無い者が空中に家を作るほど難しいこと。 常没の凡愚が深信因果、あるいは亦信因果することは、空中に家を作るくらい難しいのに、幼稚園児でもできるとは(笑) 投稿: 2016年11月 5日 土 14時40分 因果の道理を信じていないものしかいない そんな人たちが獲信する道程が 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 であるなら、親鸞聖人は必ず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 と何箇所も仰っている筈。 しかし、そんなお言葉は皆無。 因果の道理を誰も信じていないにも関らず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程を勧められていないということは、 「獲信してもらいたいという気持ちがない」 あるいは 「獲信するのに 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程はない」 ということになるけど、前者はあり得ないので、後者にしかなりませんよ。 ちなみに、アジャセに対して釈尊は因果の道理を説かれるどころか、アジャセが父親を殺した罪は五逆罪にあたらないし、地獄に堕ちる罪でもないと仰って、親鸞会流の因果の道理を否定された御説法をアジャセが聞いて獲信しているのだけど、当然知る訳ないわね。 アジャセが獲信後にできもので苦しんだとか言っているくらいだからさ。 投稿: 2016年11月 5日 土 15時39分 総まとめ 1.我らが仏になる因は? 親鸞聖人 因がないのではない、阿弥陀仏の御修行が因、縁も阿弥陀仏から賜る 高森信者 因は凡夫にも阿弥陀仏にもない。 阿弥陀仏の縁だけ賜る 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 7.獲信するために因果の道理を信じる必要があるか? 親鸞聖人 ない 高森信者 頭だけでも真剣に因果の道理を深く信じて努力しろ 投稿: 2016年11月 5日 土 16時43分 >因果の道理は仏教の根幹だから、当たり前の事よ。 >当たり前の事をいちいち書き残す訳がない。 もう一度書くね。 因果の道理を信じていないものしかいない そんな人たちが獲信する道程が 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 であるなら、親鸞聖人は必ず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 と何箇所も仰っている筈。 しかし、そんなお言葉は皆無。 因果の道理を誰も信じていないにも関らず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程を勧められていないということは、 「獲信してもらいたいという気持ちがない」 あるいは 「獲信するのに 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程はない」 ということになるけど、前者はあり得ないので、後者にしかなりませんよ。 投稿: 2016年11月 5日 土 16時49分.

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“超実写版”「ライオン・キング」エルトン、ファレル、ビヨンセ他参加のサントラ3形態発売決定(ドワンゴジェイピーnews)

荒野行動仏顔

11月「奈良オフミ」 記事タイトル:11月「奈良オフミ」 お名前: 「奈良粥」について。 奈良オフミのとき朝飯に全員お粥を戴きました。 古本屋(ブックオフ) で買った 味の随筆「舌三寸」に奈良粥の由来がありましたので。 「粥のはじまりは、聖武天皇の大仏建立のときに、大和の民が米飯を粥 にかえて献金したのがはじめだと言う。 それが、奈良粥のはじまりだと されている。 」「病み上がりに、久し振りに食べる粥は、人生の美味の 中の一つであろう。 粥には梅干し、白と紅。 これも清浄である。 」 以上おそまきながら。 紫水 [2003年12月23日 7時9分2秒] お名前: 伸茶 もう一句鑑賞 かしわ手を抱いて打たせり七五三 曵月 春日大社で、伸茶はみくじ売りの女性ばかり見ておりましたが、 七五三の親子づれ、お孫さんづれがたくさんいましんた。 これは発見の句でしょう。 実に微笑ましい。 幾多ある七五三の 句の中に新しい発想の句が加わったと思います。 [2003年12月20日 20時54分23秒] お名前: 伸茶 一句観賞 小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 帰路 「呑み吐く」で、人の動きが読みとれる。 それは、救いを求める人であることが 「衆生」で伝わってくる。 しかも、この行為は、昔から続いていて、これからも 続く不変のものだろうな〜と思わせる。 「衆生を呑み吐く」が、さすが帰路さん。 哲庵さん、お世話さまでした〜(^^) [2003年12月20日 7時55分3秒] お名前: 晴 哲庵さん、お忙しい中で奈良オフミ句会のお世話ありがとう ございました。 選句の感想を書かせて頂きます。 09、しびに舞う鴉の群や冬茜 晴選 じつはこういう風景を見たことはないのですが、 冬晴の日の夕暮れ近い大寺の姿が、大きなスケールで 描写されていることに感心しました。 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 晴選 お寺の建築や仏像などに関する句は、着眼点が似てくるため ユニークな作品はなかなかできにくいものです。 この句は<怒髪一喝>という表現のパンチがよく効いており、 <身に沁む>という季語ともうまく響きあっています。 25,大和路のきのこピラフの味深し 晴選 この句は<きのこピラフ>に目をつけたのが成功ですね。 この<きのこ>が大和でとれたものかどうかは知りませんが、 とにかく<きのこ>と<大和>が似合うことは確かです。 そして、<味深し>という表現で深みのある句となっています。 以上の他つぎの諸句に惹かれるところがありました。 15、柿たわわ鄙の景色を明るうす 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする 30,冬日影御目に宿れる弥勒仏 拙句を選んで下さった方々どうもありがとうございます。 <不東>の文字については、お坊さんから説明を聞いて 感銘を受けましたので、句にしてみた次第です。 五木寛之の『百寺巡礼』第1巻奈良を手に入れました。 [2003年12月13日 22時53分49秒] お名前: 小春 哲庵さん ミニ句会お世話様です。 青丹よし紀行(奈良オフミ吟行) 詠まれているお句に感心しながら楽しく読ませていただきました。 有難うございました。 選句しました3句についての感想です。 01、冬晴や御蓋の山のぴっかぴか 帰路 朝日に御蓋の山が輝いていました。 きっと皆様の心もぴっかぴかでしたでしょう。 私の心も輝いてぴっかぴかでした。 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 千種 まさに怒髪一喝がぴったりのお顔のバサラ大将。 私の守護神のクビラ大将もなかなかの迫力でした。 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 晴 玄奘塔の「不東」の文字も印象に残ったのですが 句に出来ませんでした。 「秋日に燦と不東の字」がとても素晴らしいと感じました。 私の句を選んで下さったむ三四さん、淳さん 有難うございました。 む三四さんには2句選句、鑑賞していただきとても嬉しかったです。 奈良オフミで初めて知りました「南京櫨」。。。 紅葉した葉の可愛い色と形。 落ち葉を拾ってきましたが 句には出来ず。。。 ザンネン。 何方か南京櫨の句を詠まれていましたらお教え下さい。 [2003年12月13日 9時55分29秒] お名前: 奈良オフミミニ道場選句者一覧です。 ・・・哲庵 奈良オフミミニ道場選句者一覧 高得点句(3点句以上) 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 晴 4 緑洗、淳、紫水、小春 16,古都の秋鹿も仏も光り満ち 淳 3 萩、曵月、一歩 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 帰路 3 緑洗、曵月、伸茶 23,かしわ手を抱いて打たせり七五三 曵月 3 尚、のぶべい、伸茶 25,大和路のきのこピラフの味深し 一歩 3 千種、晴、尚 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 01、冬晴や御蓋の山のぴっかぴか 帰路 2 小春、曵月 02,(志賀直哉旧宅) かの作家柿喰う人でありしかと 伸茶 1 む三四 03 蓮華座の外は落葉の万華鏡 曵月 1 のぶべい 04,大嚏聞かまほしくは蘭奢侍 紫水 1 淳 05,灯篭の陰に顔出す冬の鹿 尚 1 萩 06,大仏さま逢ふて懐かし冬日和 小春 1 む三四 07 大仏殿大仏ありて冬の月 伸茶 1 のぶべい 08、天平や頽廃のかげなき秋天 淳 0 09、しびに舞う鴉の群や冬茜 のぶべい 1 晴 10,犬のごと礼する鹿の哀れなり 伸茶 0 11,借景はみかさ山なる冬の宿 尚 2 千種、一歩 12,青空にふで柿遊ぶ直哉邸 一歩 1 萩 13,冬揚羽空に吸はれて今し消ゆ 緑洗 0 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 千種 2 晴、小春 15、柿たわわ鄙の景色を明るうす 尚 0 16,古都の秋鹿も仏も光り満ち 淳 3 萩、曵月、一歩 17,飛火野の糞をふみふみ冬うらら のぶべい 1 伸茶 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 帰路 3 緑洗、曵月、伸茶 19、枯萩の堂に爛々バザラの眼 む三四 1 帰路 20,足傷の鹿猿沢へ下りて行く のぶべい 0 21,冬晴の大和の森に映ゆる鴟尾 一歩 1 千種 22,秋晴や朱の回廊に青連子 晴 1 紫水 23,かしわ手を抱いて打たせり七五三 曵月 3 尚、のぶべい、伸茶 24,神無月国宝たりし天邪鬼 哲庵 0 25,大和路のきのこピラフの味深し 一歩 3 千種、晴、尚 26,みほとけを巡りて浴びる冬暮光 緑洗 2 帰路、一歩 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 晴 4 緑洗、淳、紫水、小春 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする 緑洗 2 尚、帰路 29,ささやきのこみちに黙し冬の蝶 小春 1 淳 30,冬日影御目に宿れる弥勒仏 む三四 0 31,冬雲を払ひ給ふや盧舎那仏 小春 1 む三四 32,親子鹿団欒するや春日さん 千種 0 33,小春日の十二神将の憤怒かな 帰路 0 34,お辞儀する鹿の哀れやおん祭 む三四 0 35,白鳳の塔立ち松は色変へず 晴 0 36,水煙の飛天たのしむ冬の雲 千種 2 紫水、緑洗 37,半眼の菩薩の視線木の葉髪 曵月 0 38,茶の花や直哉旧居に匂ひ立ち 哲庵 0 39,二月堂くすみし茶屋のわらび餅 淳 0 40,日向ぼこ十一面の菩薩様 哲庵 0 以上の結果とあいなりました。 (当番は、選句を遠慮しました。 ) うっかりがありましたらメールでお知らせ下さい。 いやー、バーチャル参加の方がトップとは!恐れ入りました。 点のばらつきもおもしろく、三球三振は、哲庵1名だけでした。 2003年12月8日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月12日 5時24分0秒] お名前: のぶべい 選句寸感 (03) 蓮華座の外は落葉の万華鏡 外界では風と落葉が戯れて美しい世界を現出しています。 長の年月を暗い堂に鎮座まします仏様にこの景色を見に どうぞお出まし下さればとの挨拶。 (07)大仏殿大仏ありて冬の月 大仏殿に大仏いますという当たり前の不思議とやすらぎ。 冬天の月が人間世界を見下ろす目の厳しさ。 (23) かしわ手を抱いて打たせり七五三 幼子の手と大人の手の温もりをやさしく さらりと詠めることに感服しました。 失礼しました。 [2003年12月11日 16時45分42秒] お名前: 帰路 選んだ句の感想を一言だけ書かせて戴きます。 見当はずれがあるかも 知れませんが、お許し下さい。 19、枯萩の堂に爛々バザラの眼 幾百年も変わらぬバザラの憤怒と枯萩の対比。 作者の視線の重点は枯 萩にあるのかも・・・。 26,みほとけを巡りて浴びる冬暮光 穏やかな心境が伺え、作者に後光が差しているようにさえ思えます。 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする この現場は私も目撃しましたが、頭突きをして、何か調子が違うなあ と首を傾げておりました。 [2003年12月10日 17時7分41秒] お名前: 奈良ミニ句会高点句の方おめでとうございます。 選句致しました句について拙い鑑賞してみたいと思います。 22 秋晴れや朱の回廊に青連子 薬師寺の再建なった西塔と思う。 朱色の回廊を含む梁・柱に内側の緑の 連子格子。 折からの弱い秋日を受け「朱」と「青」の鮮やかな対称は目を 瞠った。 色彩豊かな句で戴いた。 27 玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 鑑賞はむ三四さんがされていますので控えます。 がこの句これだけ漢字 が多くて「語呂」がいいのである。 舌頭に良く転ぶのです。 普段の訓練の 賜物だと思います。 リズム感に感服致しました。 36 水煙の飛天たのしむ冬の雲 これは薬師寺の東塔であろう。 各層に裳階(もこし)といはれる小さな 屋根(凍れる音楽)をはいし六層に見えるが三重塔である。 この上層部の 卒塔婆(ストーパ)に基部の仏舎利にかける日傘が九輪あり火災にあわ ないよう水煙を造った。 が多くは火炎をデザインしたものだが、この水煙 は雲に天人を配しているといわれる。 この水煙は良く見ると金色にひかり 太陽の位置により変化する。 雲が走ると塔が倒れてくる錯覚になる。 作者 は社寺仏閣を見慣れた方であろう。 擬人化しているが楽しまれているのは 作者ご本人であるまいか。 大景を見事に詠まれている。 以上読み違いもあるかと思いますがお許し下さい。 [2003年12月9日 17時52分41秒] お名前: 奈良吟行ミニ句会10句鑑賞/む三四 哲庵さん、ミニ句会のお世話ご苦労さまです。 選句結果が発表されました。 好成績を挙げられた皆さん、おめでとうございます!! 高点句以外でも佳い句がたくさんですね。 選ばせて頂いた3句をはじめ印象に 残った佳句を採り上げてお稽古をさせて頂きます。 見当違いの点があればご容赦 ください。 02,(志賀直哉旧宅) かの作家柿喰う人でありしかと 志賀直哉の旧居には「つるのこ」という名の筆柿の一種と思われる柿の木がた わわに実を着けていた。 他にも柿の木があり直哉が柿好きであったかと思わせる に十分な印象であった。 この句の上五・中七は、柿好きで知られた正岡子規のこ とを頭においての措辞と伺わせるところが面白い。 この俳味に一票献上。 06,大仏さま逢ふて懐かし冬日和 ほとんどの人が大仏様とは初対面ではなく、修学旅行まで遡らなくても、前回 会ったのはあの時だったと記憶を辿り、或いは、奈良を訪れたことのない人でも 書物や映像で何回となく見ているので、実際に会って懐かしい感じを抱くのだ。 今回の吟行でも穏かな冬日和の中でそれぞれ格別の懐かしさを抱いたのは、なん といっても大仏様が一番であったであろう。 そんな気持がよく伝わって来る佳句 である。 一票献上。 31,冬雲を払ひ給ふや盧舎那仏 今回の奈良吟行は本当に良い冬日和に恵まれた。 その喜びを大仏さまのお蔭と 感謝する気持で、盧舎那仏つまり大仏さまの冬雲を払いのける行為の賜物と想像 して詠ったのだ。 この盧舎那仏は大仏さまであることは間違いない。 共感の一句 に一票献上。 09、しびに舞う鴉の群や冬茜 大仏殿の黄金色に輝く鴟尾の周りを鴉が盛んに飛び廻っていた。 折から少し傾 いた冬の太陽の直射を浴びて、燦然と輝く鴟尾と一体のもののような感じで、鴉 といえども都会でゴミをあさるカラスとはちょっと違った印象である。 あの時の 印象がとてもよく捉えられた佳い句だ。 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 奈良・新薬師寺の国宝十二神将像はそれぞれに迫力がありますが、中でもバザ ラ大将の形相は凄まじく、まさに怒髪天を突くが如きで大きく開いた口元からは 「喝!」の大声がほとばしるようでありました。 まともに対峙すれば身震いする ような緊迫感を覚えます。 臨場感をもって共感できる佳句ですね。 15、柿たわわ鄙の景色を明るうす 奈良は柿の木が多いなあ、という印象をもちました。 といっても柿の畑がある という意味ではなく、住宅の庭にほとんどの家で柿が実っている、という発見で した。 庭に柿のある風景は何処となく鄙びた印象で穏やかな平穏な雰囲気が満ち ています。 しかも、たわわに実が成っていますと、周囲を明るく照らすようで豊 かな気持ちになります。 この句を読んで、同じような印象を持たれた方が居られ たことを嬉しく思いました。 26,みほとけを巡りて浴びる冬暮光 初日、薬師寺、二日目、新薬師寺、春日大社、東大寺大仏殿・戒壇院と回って 国宝の仏様にたくさん会い満ち足りた気持ちで帰路につく。 好天に恵まれ奈良公 園のバス停に向かう頃には、冬の日も傾きかけて穏やかな小春日も暮れ近い感じ だ。 何よりも満ち足りた気持ちがよく表れた佳い句ですね。 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 吟行のスタートは薬師寺・玄奘三蔵院伽藍の平山郁夫画伯の大唐西域壁画の見 学であった。 この伽藍の中心に玄奘塔が彩色鮮やかにあり、扁額に緑青で「不東」 の文字が刻まれていた。 「不東」とは、西方浄土に向かう玄奘三蔵和尚が決して 東を振り向かないという決意の言葉とか。 見事な壁画の見学と相俟って印象深い 感動のスタートでした。 最高点おめでとうございます! 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする 春日大社の参道にはたくさんの鹿が出ていました。 秋に角を切られた牡鹿が、 角の無い頭を突き合わせているのを見かけました。 家族と思しき集団で行動する 習性があるのですね。 仔鹿が可愛いのは当然ですが、餌の鹿煎餅をねだるのに誰 が教えたか、お辞儀をするように首を上下に振るのは見ていて哀れですね。 まだ 角は無くとも頭突きをする方が獣らしくて好いですね。 37,半眼の菩薩の視線木の葉髪 大仏様をはじめ仏像の御眼は半眼に開いたものが多いが、三千世界お見通しと いう。 それは視線のはるか先にある抜け毛の一本にも届いている。 と半眼なるが 故に何処でも見えていることを、またあまねくお眼が届いていることを、季節の 「木の葉髪」という季語を使って巧みに詠った。 楽しい思い出を再度味あわせて頂き有難 うございました。 稽古庵 む三四 [2003年12月9日 12時1分1秒] お名前: おまたせいたしました奈良オフミミニ道場選句一覧です。 ・・・哲庵 奈良オフミミニ道場選句一覧 高得点句(3点句以上) 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 4 緑洗、淳、紫水、小春 16,古都の秋鹿も仏も光り満ち 3 萩、曵月、一歩 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 3 緑洗、曵月、伸茶 23,かしわ手を抱いて打たせり七五三 3 尚、のぶべい、伸茶 25,大和路のきのこピラフの味深し 3 千種、晴、尚 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 01、冬晴や御蓋の山のぴっかぴか 2 小春、曵月 02,(志賀直哉旧宅) かの作家柿喰う人でありしかと 1 む三四 03 蓮華座の外は落葉の万華鏡 1 のぶべい 04,大嚏聞かまほしくは蘭奢侍 1 淳 05,灯篭の陰に顔出す冬の鹿 1 萩 06,大仏さま逢ふて懐かし冬日和 1 む三四 07 大仏殿大仏ありて冬の月 1 のぶべい 08、天平や頽廃のかげなき秋天 0 09、しびに舞う鴉の群や冬茜 1 晴 10,犬のごと礼する鹿の哀れなり 0 11,借景はみかさ山なる冬の宿 2 千種、一歩 12,青空にふで柿遊ぶ直哉邸 1 萩 13,冬揚羽空に吸はれて今し消ゆ 0 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 2 晴、小春 15、柿たわわ鄙の景色を明るうす 0 16,古都の秋鹿も仏も光り満ち 3 萩、曵月、一歩 17,飛火野の糞をふみふみ冬うらら 1 伸茶 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 3 緑洗、曵月、伸茶 19、枯萩の堂に爛々バザラの眼 1 帰路 20,足傷の鹿猿沢へ下りて行く 0 21,冬晴の大和の森に映ゆる鴟尾 1 千種 22,秋晴や朱の回廊に青連子 1 紫水 23,かしわ手を抱いて打たせり七五三 3 尚、のぶべい、伸茶 24,神無月国宝たりし天邪鬼 0 25,大和路のきのこピラフの味深し 3 千種、晴、尚 26,みほとけを巡りて浴びる冬暮光 2 帰路、一歩 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 4 緑洗、淳、紫水、小春 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする 2 尚、帰路 29,ささやきのこみちに黙し冬の蝶 1 淳 30,冬日影御目に宿れる弥勒仏 0 31,冬雲を払ひ給ふや盧舎那仏 1 む三四 32,親子鹿団欒するや春日さん 0 33,小春日の十二神将の憤怒かな 0 34,お辞儀する鹿の哀れやおん祭 0 35,白鳳の塔立ち松は色変へず 0 36,水煙の飛天たのしむ冬の雲 2 紫水、緑洗 37,半眼の菩薩の視線木の葉髪 0 38,茶の花や直哉旧居に匂ひ立ち 0 39,二月堂くすみし茶屋のわらび餅 0 40,日向ぼこ十一面の菩薩様 0 以上の結果とあいなりました。 うっかりがありましたらメールでお知らせ下さい。 作者名一覧は12日(金)に。 2003年12月8日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月8日 23時12分30秒] お名前: 奈良オフミニ句会選句状況報告その2・・・哲庵 12月6日(土)24時 現在 む三四、帰路、緑洗、紫水、小春、尚、千種、萩、淳、晴、曵月、 一歩、のぶべい(敬称略) 以上13名から選句いただいています。 4点句1句、3点句2句、2点句8句と 接戦です。 オフミに参加されなくても、投句なさらなくても、選句できます。 あなたの1票で順位が変わります。 どうぞ、お楽しみ下さい。 12月8日(月)20時までです。 よろしく。 2003年12月7日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月6日 8時57分20秒] [2003年12月7日 0時32分55秒] お名前: 奈良オフミニ句会選句状況報告その2・・・哲庵 12月6日(土)9時 現在 む三四、帰路、緑洗、紫水、小春、尚、千種、萩、淳、晴、曵月(敬称略) 以上11名から選句いただいています。 4点句1句、3点句1句、2点句4句と 接戦です。 それだけ、佳句揃いということでありましょう。 オフミに参加されなくても、投句なさらなくても、選句できます。 どうぞ、お楽しみ下さい。 12月8日(月)20時までです。 よろしく。 2003年12月6日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月6日 8時57分20秒] お名前: 奈良オフミニ句会選句状況報告・・・哲庵 む三四、帰路、緑洗、紫水、小春、尚、千種、萩、淳、晴 以上10名から選句いただいています。 オフミに参加されなくても、投句なさらなくても、 選句できます。 どうぞ 12月8日(月)20時までです。 よろしく。 2003年12月6日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月6日 8時50分25秒] お名前: 青丹よし紀行(奈良オフミ吟行)その4・・・哲庵 新薬師寺は、お堂の甍が美しいお寺さんです。 そのお堂の中に国宝の十二神将がござらっしゃりまする。 500円切手で有名な 婆娑羅大将(伐折羅大将)、迫力ありましたね。 いまどこかの大学チームがデータを デジタル保存しているのだとか。 十二神将の怒りはどこへ向けられているのでしょうか、 たぶん、滅びの道へまっしぐらの人間どもの愚行にでありましょう。 怒髪立てテロ許すまじ寒茜・・・哲庵 新薬師寺は、「新しい薬師寺」でなく「霊験新たか」の意味だと、曵月様が解説して 下さいました。 高名な萩の花は散り終えて、趣のある枯れ模様を見せていました。 枯萩や新薬師寺の石畳・・・哲庵 お寺の裏は、冬田、、ひつじ田があり、年配の方が畑を耕していました。 冬ざれて畑打つ人の眉白き・・・哲庵 新薬師寺裏の写真博物館へ。 PC句会は、む三四様、緑洗様、帰路様、尚様と写真や映像に堪能な方がたくさん いらっしゃいます。 それを見越しての「映像関係」への吟行プランニング、 千種様のご苦心、ご工夫みごとです。 入江泰吉の大和路の作品群、よかったです。 写真も俳句と似ていて、目の付け所、構図の取り方、色合い、広角か望遠か、 はたまた接写か、現実の切り取り方に「詩」をどう盛り込むかが大きな課題と なってくるのでしょう。 「 茜雲の大和路」が一番気に入りました。 カミさんのために万葉集の草花をテーマにした写真集を購入しました。 東西の塔を切り抜く茜雲・・・哲庵 「ろくさろん」で昼食休憩。 モダンな感じの喫茶店で裏にはお茶室もありました。 千種様はいいところを探してくれました。 わがPC俳句会で貸し切りです。 「ささやきの小道」を歩いて、春日大社へ。 赤黄に色づいた樹木やときおり梢を行き交う野鳥の姿をながめながら ゆるゆるとまいります。 道には団栗がたくさん落ちていました。 背比べしながら団栗吟行す・・哲庵 春日大社は、おりしも七五三の季節、さらには若草山開放最期の日曜日という ことで大変な人出です。 おしゃぶりを鳴らし晴れ着の七五三・・・哲庵 父母子鹿も連れ立ち七五三・・・・・・・哲庵 鹿と我れせんべい分けて暮れの秋・・・哲庵 へこひょこと頭を垂れる神の鹿・・・・・哲庵 天然記念物、神の鹿として保護されているのに、一枚の安せんべいにぺこぺこして いる鹿の姿を見ました。 薄っぺらな給料袋のために土下座人生の我が身と重なり、 胸がきゅんとしました。 (その時の情けなそうな顔、尚様がバッチしデジカメに・・・画像掲示板参照) 開放で賑わう若草山を右手に見て、東大寺へ。 大変な人出です。 南大門、仁王様の大きいこと大きいこと。 こんなにでかいとは思ってもみません でした。 大仏殿へ。 大仏様に大懺悔することありて、お賽銭をタンとはずんで お祈りしばし。 お堂を出てみれば、みなさま、チョコなんと日向ぼこなさって、 待っていてくださいました。 すみませーーーーーん。 日向ぼこ大仏様の手の上で・・・哲庵 戒壇院の四天王像見学です。 人が少なくゆったり見学できました。 さすがに国宝、迫力ありました。 ここには「俳句の神様」がいると聞いていました。 四天王のうちの広目天像です。 なぜならば手に筆と巻物を持っているのです。 神将は普通、剣や矛などの武器を持っているのですが、不思議です。 多聞天も 仏舎利の入った宝塔を掲げています。 「非暴力」なのです。 、「筆=ペン」の法力で 「邪鬼」をうち伏せようというのでしょうか。 お顔もなかなかの「イケ面」です。 踏みつけている天邪鬼もぽちゃぽちゃして 可愛いのです。 冬の日や筆先黒き広目天・・・哲庵 小春日に大きく背伸び天邪鬼・・・哲庵 お庭には 栴檀の大樹があって、実がからからとなっていました。 時間の関係で、二月堂、三月堂見学は次回にとっておくこととなりました。 門前のおみやげ屋さんで小休憩。 バス、近鉄と乗り継いで京都へ早めについて 解散です。 皆さんお疲れ様でした。 感動続き、笑いどおしで、命の洗濯、心のリハビリ、 そしてなによりも頭のリフレッシュができました。 皆様ありがとうございました。 現地案内の千種様本当にありがとうございました。 すてきな修学旅行でした。 冬晴や仏の道も句の道も・・・哲庵 2003年12月5日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月5日 20時39分29秒] お名前: おまたせいたしました奈良オフミミニ道場投句一覧です。 ・・・哲庵 奈良オフミミニ道場投句一覧 01、冬晴や御蓋の山のぴっかぴか 02,(志賀直哉旧宅) かの作家柿喰う人でありしかと 03,蓮華座や外は落葉の万華鏡 04,大嚏聞かまほしくは蘭奢侍 05,灯篭の陰に顔出す冬の鹿 06,大仏さま逢ふて懐かし冬日和 07,大仏殿大仏ありて冬の月 08、天平や頽廃のかげなき秋天 09、しびに舞う鴉の群や冬茜 10,犬のごと礼する鹿の哀れなり 11,借景はみかさ山なる冬の宿 12,青空にふで柿遊ぶ直哉邸 13,冬揚羽空に吸はれて今し消ゆ 14,神将の怒髪一喝身に沁みぬ 15、柿たわわ鄙の景色を明るうす 16,古都の秋鹿も仏も光り満ち 17,飛火野の糞をふみふみ冬うらら 18,小春日や衆生を呑み吐く大仏殿 19、枯萩の堂に爛々バザラの眼 20,足傷の鹿猿沢へ下りて行く 21,冬晴の大和の森に映ゆる鴟尾 22,秋晴や朱の回廊に青連子 23,かしわ手を抱いて打たせり七五三 24,神無月国宝たりし天邪鬼 25,大和路のきのこピラフの味深し 26,みほとけを巡りて浴びる冬暮光 27,玄奘塔秋日に燦と「不東」の字 28,小春日の角なき牡鹿頭突きする 29,ささやきのこみちに黙し冬の蝶 30,冬日影御目に宿れる弥勒仏 31,冬雲を払ひ給ふや盧舎那仏 32,親子鹿団欒するや春日さん 33,小春日の十二神将の憤怒かな 34,お辞儀する鹿の哀れやおん祭 35,白鳳の塔立ち松は色変へず 36,水煙の飛天たのしむ冬の雲 37,半眼の菩薩の視線木の葉髪 38,茶の花や直哉旧居に匂ひ立ち 39,二月堂くすみし茶屋のわらび餅 40,日向ぼこ十一面の菩薩様 残業疲れの晩酌朦朧の眼でやってます。 コピーアンドペーストのマウスの 滑り間違いがありましたらお知らせ下さい。 選句よろしくお願いいたします。 オフミに参加されてなくてもかまいません。 よろしく。 選句数 お一人3句まで 選句締め切り 12月8日(月)20時まで 哲庵まで メールで t-chinen mtg. biglobe. jp 句番号と 選者名をお忘れ無く 【例】 41 み仏の腰のくびれや冬ぬくし 哲庵選 2003年12月3日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月3日 6時57分51秒] お名前: 奈良ミニ句会投句報告その3・・・哲庵 12月1日24時現在 下記の方から投句頂いています。 曵月様、紫水様、伸茶様、尚様、淳様、のぶべい様、一歩様 緑洗様、小春様、千種様、晴様、む三四様、帰路様、哲庵 これにて投句締め切らせていただきますが、NHKの特別番組見続けて 疲れました。 投句整理は、明日の晩といたしやす。 もし、いらっしゃったら 明日、2日の午前中までぐらいなら、まだ間に合いますのでよろしく。 2003年12月1日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) 2003年12月1日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月2日 0時1分49秒] お名前: 奈良ミニ句会投句報告その2・・・哲庵 12月1日7時45分現在 下記の方から投句頂いています。 曵月様、紫水様、伸茶様、尚様、淳様、のぶべい様、一歩様 緑洗様、小春様、千種様、晴様、む三四様 投句締め切り12月1日(月)午後10時までです。 よろしく。 2003年12月1日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年12月1日 7時46分37秒] お名前: 青丹よし紀行(奈良オフミ吟行)その3・・・哲庵 句相撲のあとは楽しい語らいの時、 曵月様からおみやげに戴いた「落花生」に一句添えられていました。 落花生世間の風に干されけり・・・曵月 「半立」という名のついた殻付き落花生を肴に、おのおのが持ち込んだお酒を ぐびぐび。 初参加の「紫水」様の俳句に対する情熱と豊かな教養に基づく 楽しいお話に酔いしれました。 尚様から「日本銀行」発行?の記念ボールペンをいただきました。 これが、ただものではない。 透明な軸の所に切り刻んだ一万円札が十万円分 入ってるんです。 箱には「尚」様の落款入り。 こっそり、廊下の奥で、セロテープを 使って復元を図ったのですが、隙間風に邪魔されてうまくいきませんでした。 今回はカラオケ大会は無し。 早めに床につきました。 夜鹿鳴き筆休めたる旅日記・・・哲庵 (びいと鳴く尻声悲し夜の鹿・・・芭蕉翁) 朝食には、奈良名物の茶粥が出ました。 そのおいしいこと。 奈良漬けとぴったし。 三杯もおかわりしてしまいました。 冬の朝胃の腑にしみる奈良茶粥・・・哲庵 (腸に春滴るや粥の味・・・夏目漱石) お天気は上々の小春日和。 宿に別れを告げ、すぐ近くの志賀直哉旧居跡に 向かいました。 まずは書斎、みかさ山に向かって大きく窓の開いた八畳間。 大きめの机。 ここで「暗夜行路」の後半部分を書いたとか。 行く秋や直哉旧居の獅子脅し・・・哲庵 お茶室、子ども部屋、サンルーム、お台所とゆったりゆったり見学。 庭にはさまざまな樹が植えられていて、その枝振りのみごとなこと、すばらしいこと。 特に先のとんがった「筆柿」が青空に映えて鈴なりでした。 小春日を吸って筆柿たわわなる・・・哲庵 無患子(むくろじ)という木を教えていただきました。 「学校には、栴檀と無患子は、かならず植えてあったな。 」と曵月様。 「栴檀は双葉より芳し」の格言からと、「無患子」は子どもが病気にならない ようにというおまじないからだそうです。 紫水様、緑洗様、小春様、千種様、一歩様と植物に詳しい方がたくさんおられて、 にぎやかな自然観察勉強会となりました。 お昼休憩予定地の「ろくさろん」に荷物を置いて新薬師寺へ。 「ろくさろん」は、ユニークなイベントで有名。 ホームページあり。 (続く) 2003年11月30日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月30日 18時47分56秒] お名前: 奈良ミニ句会投句報告その1・・・哲庵 29日現在 下記の方から投句頂いています。 曵月様、紫水様、伸茶様、尚様、淳様、のぶべい様、一歩様 緑洗様、小春様、千種様 投句締め切り12月1日(月)午後10時までです。 よろしく。 2003年11月29日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月29日 23時22分51秒] お名前: 淳 紫水さんから2段切れ、抱え字の興味深い問題につつきご紹介がありました ので、私も一言意見を申し上げたいと思います。 私は時々無意識に2段切れの句を作っていて、後で気づきよく推敲した上で どうするかを決めることにしています。 以前は名句と言われる草田夫の「降る雪や明治は遠くなりにけり」を、どう も理解できず(特に2段切れの必然性)自分なりに納得できるまで禁じていま した。 今でも極力使わないで済ますようにしていますが。 「降る雪や・・」の名句は、草田夫の境遇、実力評判、実績とは別に、独立 の俳句としてその良さを一般に理解されなければ、生き残れなかったはずであ る。 生き残れるのは、言ってみれば句の良さ、力次第によるであろう。 降り積もる雪景色の感動が作者の心を遠くへいざなった時、遠い過去の時代 とその感興が重なり、深い詠嘆の想いがわき起こった。 それは普遍的な感動で あり、そこから各々の追想、郷愁などが広がって行く。 こうしたことが納得でき初めて2段切れの使用にも理解が及んだと、自分では 勝手におもっている。 要するに2段切れなどは、禁止でも、規定でもなく駄作とならないための一般 的な作法であって、それがあるから良い悪いとするものではない。 問題は2段切れが、句に一層の詩情、余情、感動を高めるため不可欠である か否かにかかっている。 また俳句は俳諧の発句から独立したため、本来は言い切ることが必要でもあ った。 独立したことにより俳句の中だけで、完結することが必要となり切れ字が 必要となった。 感興は多くは二物の拘わりから引き起こされる。 それらを一つ の感興に纏めるためには、切れ字は不可欠である。 一つの感興に纏めるには、各々同格の切れ字で示しては当然焦点が二分裂し、 纏まらない。 それ故、各々の感動は残しつつ、片方をやや弱くするか、流すかに より想いを一つに纏める必要がある。 草田夫の「降る雪や明治は遠くなりにけり」も同様であり、抱え字はその手法 の一つで、作者の意図は別にしても日本語の機能の一つでもある。 そのことは 既に江戸時代の「俳諧歳時記栞草」にも書かれている。 む三四さんの優勝句「冬晴れや古き仏にまみえけり」も抱え字はないが、草田 夫の句の良い所を活かしたものと解釈できる。 冬晴れやと先ずちょうど今日の日の天候に感動し、その華やいだ気持ちを芭蕉 の「菊の香や奈良には古き仏達」に重ね奈良への挨拶と共に、同じ古仏にまみえ た喜びを高めている。 それは芭蕉と同じ感動を共有する喜びか、またPC俳句会の古き仏達(失礼! 気持ちは若い人ばかりですね)とまみえることかも知れない。 このようにむ三四さんの句は、二段切れの成功した例と言えると考える。 独断もあり的外れかも知れませんが、一つの意見としてご紹介いたします。 淳 [2003年11月29日 15時53分55秒] お名前: 紫水さん、有難うございます。 大屋達治さんの見解はよくまとまった分りやすい見解で、 ご紹介頂き有難うございます。 こういった原則を理解しておくことは大変重要で、皆さん よく勉強しておられると敬服いたします。 一方、創作活動はいろんな制約を打ち破ることも重要で、 冒険心も忘れてはなりません。 拙句についても、うっかりではなく、確信犯でしたので 少し時間をかけて(熟成期間を於いて)再考してみたいと 思います。 いずれにしても、いろんなテーマを見出して活発な意見 交換をしていきましょう。 む三四 [2003年11月29日 10時26分7秒] お名前: む三四 さん 「句相撲奈良場所レポ」楽しく読ませて戴きました。 有難うございます。 叉 む三四さまの優勝本当におめでとうございます、重ねてお慶び申し上げます。 冬晴れや古き仏にまみえけり む三四 まともな事を其の侭詠まれ「漢字とかな」のバランスもよく格調ある一句に 仕上がり流石だなと思いました。 合評のとき何方かが「切れ字が二つあるな」との声ありました。 そこで私が 「は、もをいれればなあ」と呟くと、すかさず伸茶さんが「抱え字」だよな。 この間、10秒か15秒だと思います。 流石は、む三四さん分かって使われた とのこと。 紫水もよくやりNHKの大屋達治さんのテキストを直前に書きとめ ていましたのでご参考まで。 「降る雪や」の雪の降る情景と、明治時代は遠い過去のことになった、と する感慨は、全く別個の次元のことです。 即ち 「一方を切れば、他方は流す」ほうが切れ字の効果がよく出る。 捻花や病院に父捨て来たる 大屋達治 [2003年11月28日 12時4分59秒] お名前: 淳さん、句相撲のレポートを楽しんで頂きありがとうござい ました。 優勝はご愛嬌ですが、オフミのお遊びとしては「句相撲」は 最高ですね!レポで書ききれなかったのは「合評会」の内容で とても有意義な議論が出来、日頃、一方通行になりがちなネット のコミュニケーションを一気に双方向へ導いて、肝胆相照らす 仲間へ踏み込む切っ掛けになったと思います。 次回からは、淳さんも是非ご参加ください。 今も触れましたように、合評会の内容は細かく報告出来ていま せん。 また、私の思い違いもあるかもしれません。 ご参加の皆さんで、あそこはこうだったよ、ということもおあり だと思いますので、いろいろお気づきの点をご披露して補ってくだ さい。 宜しくお願いいたします。 む三四 [2003年11月28日 10時55分46秒] お名前: 淳 む三四さん、哲庵さん句相撲「奈良場所」の優勝、準優勝どうも お目出度う御座いました。 さすが両者の実力勝ちと言ったところで しょうか?ともあれ面目躍如でした。 む三四さん、句相撲大変に面白くかつ勉強させていただきました。 まさに参加しているより、む三四さんの解説や盛り上げが効果的で、 面白く楽しませていただきました。 本当に有り難うございました。 私の予想とは2,3違いましたが、それも又楽しくむ三四さんの 解説にうなずいたり、異論を持ったりでとても勉強にもなりました。 少し句題が「仏」で難しかったのかも知れませんが、そうした 題の方が実力が出るものでしょう。 でも遊びでの要素が強いですから そこまで真剣になることはないかも。 すっかりオフミ名物の相撲解説になったようですね。 同慶の至り であります。 今後ともよろしくお願いいたします。 哲庵さん、青丹よし紀行、出だしから大変に軽妙で面白いですね。 こんごを大いに期待しています。 どうぞ宜しくね。 見当の ついた句もありましたが・・・・・。 それでは合評で指摘された要点を踏まえ所感と作者を見て行きましょう。 むしろ「あかがねの」と云った方が古い仏像に合うのではないか、ということで す。 国宝の薬師三尊像にはそんな感じもしますね。 それと、下五の「足寒し」が 仏像の足が寒そうだというのか作者の足が寒いと云うのか?という声も聞かれま した。 下五は推敲の余地ありといえるでしょう。 作者は千種さんでした。 事実、薬師如来の両脇に侍られた日光、月光の両菩薩の身体の 線は艶やかな写実美を見せておりました。 この人間的とも云えるイメージと下五 の「冬ぬくし」がぴったり響き合って強力なはず押しの一句をなしたと云えまし ょう。 作者は一番はやく名乗った哲庵さんでした。 下五は「仏かな」でも好いのではないかという指摘もありました。 また、中七を 「・・・紅葉に」で切る冒険も下五次第でしょう。 作者は一歩さんでした。 「道」と いう語の使い方は難しいですね。 下五の「秋の宴」はオフミの宴を指すのでしょ うが、上五・中七の流れからするともう一工夫欲しいところです。 作者は曳月さ んでした。 推敲するとすれば主題の「仏」を如何に 強調するかがポイントであろう。 芭蕉も「古き仏たち」と8音をさいている。 中 七の3音で埋没した観あり。 作者は小春さんでした。 中七・下五を推敲してすっきりと 詠い上げると狙いが実現できるのではなうだろうか。 作者は尚さんでした。 ただ、避けるべきとされ る「・・や」「・・・・・けり」の二重切れ字が指摘された。 上五は「冬晴の」 でも良いのではのご意見もあった。 作者は、む三四であるが、このや・けりは意 識的なもので、上五で大きく切って冬晴の感動を味わい、下五は軽くすっきりの 意図であった。 動物はみんな仏顔じゃあないの? という意見も出ていたが、作者はそうは感じなかった。 ただ、否定の俳句は力強 さに欠けるので句相撲には不利である。 仏顔を肯定する作品であれば逆転があっ たかも。 作者の言い分はあるであろう。 作者は伸茶さんでした。 上 五は奈良の枕詞で「青丹よし」、これは奈良の意と理解できる。 しかし、そこま で「奈良」を意識しながら何故「猫」なのだ?という素朴な反応が3票に止まっ た要因ではないだろうか。 日溜りに憩う猫はまさに仏顔であるから、上五を言葉 の魅力に囚われなければいい線に達したかも。 作者は緑洗さんでした。 後に作者が「仏さま」が使 ってみたかったという趣旨のことを云っておられたが、まず「仏さま」の意識が あって、それを冬晴の薬師寺で見つけた感動を詠ったものだが、あまりにも淡々 と詠いすぎたために力負けしたものと思う。 作者は帰路さんでした。 力のある句だがわずかに「慈(いつくしみ)」という措辞 が発音し難い点が僅差の敗北につながったのではないだろうか。 作者は紫水さん でした。 以上、各句を見て来ましたが、句相撲と云う土俵での勝負であり、挙手による 選のやり方であることなど、やはり余興の域を出ないことはいうまでもありませ ん。 楽しいひと時を過ごせたことを感謝しております。 優勝がむ三四、準優勝が哲庵さんと幹事が上位を占めましたので、哲庵さんの 発案で賞品の配分は参加者のじゃんけんによることにしました。 賑やかな じゃんけんの結果、デジカメは伸茶さんの手に!おめでとうございます!他に 紫水さん、ダイアリー、小春さん、「俳句力」、曳月さん、ダイアリー、哲庵さ ん、ダイアリー、尚さん、歳時記、等などと配分されました。 車内では、伸茶様からホームページ 1万ヒットの記念品贈呈式があったり、緑洗様の「仏像入門」のご披露があったり、 一歩様から「松山子規記念館」の俳句手帳を戴いたり、和気藹々、旧交を温めあい ました。 西の京駅へ降りると目の前がもう薬師寺の境内です。 最初に、最近できた「玄奘三蔵殿」の平山郁夫画伯大唐西域壁画を見学しました。 秋季一般公開は11月25日まででギリギリ間に合いました。 実は、とも女が平山郁夫画伯の大フアン、(とも女の部屋には、「薬師寺の月」と 題された画伯の絵が飾ってあります。 もちろん複製です。 ) 以前より東京芸術大学 美術館にて開催された「アフガニスタン展」や日本橋三越での「シルクロード」展、 はたまた箱根芦ノ湖は成川美術館の平山郁夫コレクションなどにお供いたしており、 今回の吟行の楽しみの一つにしておりました。 高さ2.2m、49mの大壁画は期待に違わず迫力がありました。 お堂に掲げられた「不東」の扁額の意味は、西へ旅立ったからには「東を振り向かず」 ということらしいです。 東へ旅立ったら「西を振り向かず」の鑑真和尚の心意気と対を なすものと感服いたしました。 遙かなるシルクロードの月凍る・・・哲庵 「不東」額冬日を集め煌めけり・・・哲庵 八戒の遅れがちなる冬銀河・・・哲庵 続いて「白鳳伽藍」へ赴きました。 道々、 塵一つ落ちていず、松やそのほかの樹木もきちんと手入れされていて、 このお寺の品位の高さが垣間見られました。 入り口付近の道にはちょうど 紫式部、白式部の実が鈴なりでした。 たぶん意識しての植樹と思いました。 白鳳の寺に実れる白式部・・・哲庵 薬師寺の門前盛る式部の実・・・哲庵 とうとう来ました。 「二度と帰らぬ思い出乗せてぇ・・・。 」と舟木和夫の 「修学旅行」を歌いながら「クラス友だち肩寄せ合いながら」訪れて以来、40年余が 経ちました。 いく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲・・・佐々木信綱 すらすらと口について出る名歌一句二句。 あの頃は、東塔のみで、西塔跡の礎石に 満たされた雨水に映る東塔の水煙をため息つきながら眺めたものです。 新築された東塔もなかなかのたたずまい。 奈良の枕詞「青丹によし」の色合いも あでやかです。 おりしも傾きつつある冬日に水煙の透かし彫りが煌めいて、思わず 合掌です。 笛を吹く天女に合わす冬の鵙・・・哲庵 水煙に小さくかかる冬の虹・・・哲庵 新旧の塔の狭間に舞う落葉・・・哲庵 美男の白鳳薬師如来にも増して、チャーミングなのは、腰のくびれも艶めかしい 「日光・月光菩薩」です。 罰当たりめの哲庵、さっそくの一句 御仏の艶めく腰や冬ぬくし・・・哲庵 小春日やへそ出しルックの仏様・・・哲庵 仏足石というもの発見、たぶんジョギングの仏様なりとたんとンとお賽銭はずんで、 健脚を祈りました。 冬浅し扁平足の仏様・・・哲庵 今回、残念なのは、お隣の唐招提寺が、大伽藍補修のため見学できなかったこと。 松本清張のミステリー「球形の荒野」の冒頭は、このお寺の芳名帳に記された、珍しい 書体の謎から始まります。 映画では、芦田伸介がいい味出していました。 芭蕉翁の「青葉して御目の雫ぬぐはばや」の句碑の見学や水原秋桜子の 「蟇ないて唐招提寺春いづこ」に依っての「秋いずこ」雰囲気も味わいたかったです。 でも、平成21年に完成とのこと。 再び皆様と訪れたいと願ってます。 それまで長生きしましょうぞ。 刻むごと写経いたせし鑑真忌・・・哲庵 バスにて宿舎の「みかさ荘」へ。 東大寺前で降りて少々歩きました。 みかさ荘はなかなか由緒ある日本旅館です。 紅葉真っ盛りの日本庭園の向こうには 若草山の枯野のがくっきり。 まさに「遠山に日の当たりたる枯野かな・・・虚子」です。 玄関では、みごとな戸襖の絵賀で迎えてくれました。 新羅三郎源義光が笙の名手より 秘曲を授かっている図です。 みかさ荘笙の笛めく隙間風・・・哲庵 夜は会席料理で宴会、このメンバーは日本酒がお好きなようです。 酔いが回ったところで難兼題「仏」一本勝負の吉例「句相撲」開幕です。 (句相撲については、む三四様の痛快レポートを鑑賞下さい。 抑揚をつけて繰り返し披講され、座の雰囲気が昂揚してきます。 この段階で清記された模造紙を取り囲む面々の反応が ぐっと「み仏の艶めく腰」に集中します。 大胆!とか、凄い!のため息も混じっ てきます。 やはり 薬師三尊像のうち「日光菩薩」「月光菩薩」両立像の身体の線が印象深かったも のと思われます。 句相撲は目で読むのではなく 耳で聞く披講による選であるから、調べの良し悪しも大きく影響すると感じた。 4票 に止まった。 披講を反芻し、二回戦でどちらも採った人が7人いるわけだから葛藤も ある筈である。 誰かは、まだ内緒で ある。 このころになると、 話題の「艶めく腰」の作者は大受けを狙った彼ではないか?などの話題も飛び交 い人気は圧倒的であった。 伊香保場所での優勝句「とは言えど・・・」が再び話 題になったりもした。 そんな前哨戦を経ていよいよ選にはいる。 まさに、物見遊山・遊俳の旅という、かってない贅沢三昧の日々です。 冬帽子目深にかぶり旅支度・・・哲庵 東京駅では、駅弁をいつも楽しみにしています。 今回は「奥の細道」と名付けられたおにぎり弁当を購入。 飲み物は、家より持参の 「鰭酒」の缶詰。 おしりを押すと自動的に燗をしてくれるという代物です。 駅弁の鮭にも宿る旅心・・・哲庵 すっかりエー心持ちになって爆睡。 気がつけば関ヶ原近辺。 時雨が降っていました。 吟行予定の奈良の天候が心配。 片時雨天下分け目の関ヶ原・・・哲庵 京都に着く頃にはやんだので一安心。 千種様紹介の老舗の蕎麦屋「松葉」に入りました。 「鰊そば」を注文。 ちょこっと「鰊」のかけらがのっているだけ。 あれっと思ったの ですが、中に潜り込んでいました。 甘っ辛く煮てあって軟らかく、おそばに合います。 どんどん食べていくと、なんと底の方にもう一かけら、鰊がもぐりこんでいるでは ありませんか。 なんか得した感じ。 おいしかったな。 また食べようっと。 鰊そばどんぶり温し京の冬・・・哲庵 京都駅中央口、すでに、千種様他半数が結集しておりました。 久しぶりの出会いにうれしさ百倍。 ところが、初参加の「紫水」様がなかなか 現れません。 紙に「PC・俳句会」と大きく書いて、改札口中央に立っていました。 伸茶様より携帯電話がありました。 東寺で「紫水」様と出会って、二人でこちらに 向かっているとのこと。 近鉄京都改札口で出会えました。 よかったよかった。 東寺はすいていて、俳句手帳を持った親父同士が遭遇し、「ひょっとしたら・・。 」 ビンゴ!です。 これが男と女、別れ別れになった父子なら、松本清張「球形の荒野」 ばりのロマンでしたね。 袖すりて俳縁奇縁冬うらら・・・哲庵 近鉄電車で第一吟行先の薬師寺へ。 (続く) 2003年11月25日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月25日 22時47分39秒] お名前: 奈良のオフミには、皆様方に 色々とお世話になりました。 2日間は快晴に恵まれ皆さんのジョークに酔い、また久しぶりに奈良の 仏様にもお逢い出来楽しい散策が出来ました。 前日に文楽座に行ったのですが、往復とも地下鉄の階段を歩いたのが 良いウォーミングアップになったのか、余り疲れが残りませんでした。 帰りは少し荷物が増えましたが、お写真やいろんなお土産を沢山頂き、 ことに曳月さんからは自分で育成されたピーナッツを頂きました。 皆様、有り難うございました。 来年のNHK俳句大会を期に例年通りオフミが予定されましたので、 昨日当日の小春さんと2人の宿の手配を致しました。 翌日には何処か見物 に行こうか、いっそ仙台か新潟まで足を伸ばそうかとも考えていますが仲々 決まりません。 お礼の心算がお喋りが長くなって失礼しました。 確かに二日目の終盤は疲れま したが、疲れを上回る愉しみが実現でき、ご参加の皆さんもご満足頂けたのでは ないでしょうか。 その楽しさの元は、日頃、顔を合わせることのないネットの仲間が、フェイス ツーフェイスのコミュニケーションにより心通わせたところにあると思います。 さて、楽しかったイベントは恒例になりました「句相撲」もその一つです。 今 回が三回目ですが、やはり回を重ねて内容も一段と充実してきたように感じまし た。 それでは要点をまとめてご報告いたします。 初日の吟行地である薬師寺をゆっくり見学して、国宝の「薬師三尊像」をはじ めとする古い仏像に接し大いに感銘をうけました。 休憩で茶菓を喫し、ふりかえ っているうちに芭蕉の「菊の香や奈良には古き仏たち」の名句が思い出され、お 題は「仏さま」だ、皆さんもきっと同様の感銘を受けて居られるに違いないと、 急遽お題を「仏」と発表しました。 季は晩秋から初冬ということで、秋か冬の季 語を使う条件をつけました。 「仏」の題は意外だったようで、詠みにくいという声も聞かれましたが、投句 された句はいずれもなかなかの出来栄えではありませんか。 狙いは当ったと云っ てよいでしょう。 宿舎へ向うバス停で「投句用紙」を配り、投句〆切りは夕会食の後としました。 皆さん、会食のビールで血の巡りが良くなったところで、〆切りの直前に詠み上 げた模様でした。 今回の参加は11名で、奇数ですから同点はない替りに不戦勝が発生します。 一回戦、二回戦、準決勝、決勝とすべての段階を進む句と二回戦から参戦する句 とが生じます。 運不運はあるわけですが、敗者復活戦のない一発勝負ですから、 トーナメントは厳しいものです。 賞品は、む三四の方で用意した角川文庫「第三版 俳句歳時記」と俳句が書け るサイズの「ダイアリー」3冊。 加えて、曳月さん寄贈の新品同様デジカメ1セ ット、伸茶さん寄贈の漫画「俳句力」1冊と予想外に充実し、更に参加賞は哲庵 さん寄贈の俳句文学館編・絵葉書セットとたいへんなものでした。 投句に力がは いりますよね。 組み合せは公平を期すためカードを使って句に番号を振り、予め用意したトー ナメント枠に番号順に当てはめて決めました。 決まった組み合せは次の通りです。 この段階では作者が誰かは自句以外は全くわかりません。 行司役はむ三四ですが、呼出し=披講は名調子の尚さんご担当です。 この披講 でたいへんな盛上りが予想されます。 選句は数回の披講を楽しんだ後、挙手によ り行われます。 句相撲の特徴は自分の句を選んで良いことです。 まずは、次の組み合せと投句をよく味わって、皆さんの予想を立ててみてくだ さい。 ゆらゆら坂道を上がったり降りたり吟行して参りました。 む三四様はじめpc・俳句会の皆様にはお世話になりました。 楽しい旅でございました。 例によって「奈良ミニ句会」を行います。 奈良に行ったことあってもなくても、かまいません。 思い出の奈良を詠んでください。 一人3句以内。 (1句でもかまいません。 ) 投句締め切り 12月1日(月)10時 投句一覧発表 12月2日(火)予定 選句締め切り 12月8日(月)10時 選句結果発表 12月9日(火)予定 投句選句宛先 哲庵まで メールで。 2003年11月24日哲庵愛吐夢(川口市) [2003年11月24日 18時50分26秒] お名前: 尚 奈良オフミ参加の皆様、楽しい二日間有難うございました リュックで肩がパンパンです。 サロンパスを貼って寝ました。 今朝は元気です。 なにしろ一番あとからのこのこついて行くばかり、忘れ物をしたりで御迷惑を 掛けました、皆さん足が丈夫ですね。 みかさ荘は純和風でどうかなと思いましたが、それなりの宿で安心しました。 この次ぎの旅行にはホテルにしましょう。 1月18日のNHKのあとのオフミ例によって水交会予約しました一応15名 PM5時〜8時です。 また元気でお目にかかりましょう 尚 [2003年11月24日 11時14分47秒] お名前: 千草さん、哲庵さん、とても素晴らしい時を創って いただき、心から感謝申し上げます。 1300年の時空を超えて仏様と対峙し、微かながらの 発菩提心のご利益もあってか新幹線の席が希望の 時間に確保できました。 11時無事帰宅。 大屋根や冬日集めて光る鴟尾 ありがとうございました。 曳月 [2003年11月24日 10時55分41秒] お名前: オフミご参加のみなさん 二日間のとても楽しい時間をご一緒させて戴きました事厚く御礼申し上げます。 10時前には帰宅しましたが、叉一杯飲りながら家人に報告中にそのままテーブル で寝込んだそうです。 我が儘でヤンチャな新米に手を焼かれた事でしょう。 紫水は何年振りかの奈良の仏様にお会い出来お顔を見てるうちに次第次第にこころ が、あの空のように澄みわたる充足感に浸って居りました。 上代人の力強く、深い 信仰にもこころを打たれました。 素晴らしい企画をしていただきました事重ねて厚く 御礼申し上げます。 有難うございました。 紫水 拝 [2003年11月24日 9時46分12秒] お名前: 淳 皆さんお帰りなさい。 大変に楽しい、有意義な奈良オフミで稔り多く良かったですね。 皆さん一人一人の華やいだ気持ちが画面から伝わってくるようで、 私達も楽しくなります。 ゆっくりお休みの上お疲れを早く解消して、また楽しい話などの 続きを楽しみにお待ちしています。 [2003年11月24日 9時35分26秒] お名前: オフミ参加の皆様、 おつかれさまでした。 無事お帰りになったことと思います。 色々とお土産など沢山頂き有り難うございました。 取り急ぎお礼まで!! 千 種 [2003年11月24日 9時12分8秒] お名前: 奈良オフミご参加の皆さん、お疲れさまでした! 小生も10時半過ぎに帰宅いたしました。 本当に 好天に恵まれ、千種さんの事前準備や哲庵さんの名幹事 ぶりに支えられて楽しく有意義なオフミでした。 皆さん、ご協力有難うございました。 恐らく、全員無事 ご帰宅されたことと拝察いたします。 千種さん、哲庵さん、ほんとうに有難うございました。 伸茶さん、私の方こそ失礼して、品川で下車いたしました。 オフミの内容については、追々皆さんからご報告もある と思います。 句相撲の状況は近々ご報告いたします。 まずは、肩凝りを(リュックを担ぎまわした)ほぐして ゆっくり休みます。 それではお休みなさい。 む三四 [2003年11月23日 23時59分42秒] お名前: 緑洗 11時前に帰り着きました。 皆様、楽しい2日間ありがとうご ざいました。 今回のオフミは紫水さんという素晴らしい実力家新人のご参加で 大いに刺激された2日間でした。 (日本酒も復活してしまった?) 帰りの新幹線はもっぱら反省の時間になりましたが、句作の 苦とは無縁の楽しい句作の時間で、33句を成しました。 その一部を恥ずかしげもなく。 (句相撲の小生の苦は出来れば披露 なきを願いつつ) 美しき冬の横顔薬師仏 緑洗 冬の奈良俳句に香りあるを知る 緑洗 万葉の女人尊し残る萩 緑洗 哲庵さん、ミニ句会よろしくお願い致します。 [2003年11月23日 23時57分27秒] お名前: 秋葉原での買い物は改めてと言うことにし、先ほど帰宅いたしま した。 本当に楽しいオフミでした。 次を楽しみにしておりま〜〜す。 [2003年11月23日 23時37分34秒] お名前: 小春 10時半過ぎに帰りました。 冬晴や心に残る奈良オフミ 小春 今度のオフミでも沢山の思い出が出来ました。 句相撲は「仏」という字を入れての一句という難しいお題でした。 私はどうしようかと。。 あぶら汗。。。 結果は一回戦負け。 でも楽しい雰囲気の中とても勉強になりました。 お天気に恵まれた中、沢山の仏さまにお会いし、素敵な景色を 堪能しながらの楽しい語らいは、本当に楽しいものでした。 皆様お世話になりまして有難うございました。 [2003年11月23日 23時17分13秒] お名前: 伸茶 ただいまっす! いつもいつも、楽しい旅をありがとうございます。 旅は、いい仲間がいていっそう楽しくなるものだと、実感しました。 句相撲はビリでしたが、じゃんけんでデジカメをゲット! なんてラッキーなんでしょう。 大切に使います。 む三四さん、急いでいたので東京駅で挨拶せずに 失礼しました。 次は、新年のNHKですね。 楽しみにしています。 早く来年のオフミ計画しましょう。 それでは、おやすみなさ〜い。 [2003年11月23日 22時30分11秒] お名前: 一歩 皆様より一足お先に、8時前にかえりました。 む三四さん、哲庵さん、千種さん、小春さん、尚さん、帰路さん、伸茶さん、曳月さん、緑洗さん、紫水さん大変大変お世話になりました。 お蔭様で、お天気にも恵まれて、楽しい旅ができました。 あっという間の夢のような二日間でした。 句はなかなかですが、一生の思い出となるでしょう。 皆様、お疲れ様でした。 ありがとうございました。 私も少々疲れましたので、これにて、おやすみなさい。 一歩 [2003年11月23日 20時51分24秒] お名前: ただいまっす。 ・・・哲庵 ただ今残業から戻りました。 伸茶様、なんとかなりますよ。 旅の専門家だもん。 小生も、いつ携帯で呼び出されるか、びくびくもんの「修学旅行」ですが これもそれも「浮き世」のおもしろさ。 出たとこ勝負の「人生双六」でっす。 京都駅では、「にしんそば」たべてみようかなとインターネット検索してます。 皆様へのお土産、少々用意しました。 軽いものですが、お楽しみにしておいて ください。 紫水様、小生、茶色いコートに黒ズボン、黒い布バッグ、黒いウエスト ポーチ、茶色のハットのいでたちで、デブ腹、がにまた、ふちなしめがね、 170cm、80キロです。 よろしく。 冬帽子目ぶかにかぶり旅支度・・・哲庵 2003年11月21日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月21日 22時10分31秒] お名前: 伸茶 ショック! ディスカウントショップで回数券を買って、窓口でちゃんと予約したのに、 渡されたチケットを確認したら、時間が入ってない元のチケットのままだ〜 検索したら、朝から指定席はもう満員。 ということは、ひかりの自由席に 乗るしかないや〜。 ま、いいか〜。 私は、奈良へはずいぶん前にほんの3時間ばかり旅をしただけで、今度が生涯2度目。 帰りの時間は、天平の風に聞いてから決めたいな〜と思っています。 宜しくお願いいたします。 それでは、京都駅で。 曳月 [2003年11月21日 19時26分10秒] お名前: オフミ初参加の紫水です。 お世話をお掛け致しますが宜しく。 緑洗さん、同じ「のぞみ207」ですね。 着いて東寺に参る予定です。 念のため。 紫水 拝 [2003年11月21日 16時11分0秒] お名前: いよいよ明日ですね!! 幸い好天に恵まれそうです!楽しいオフミが期待できそうです。 皆さん、元気に京都駅でお会いしましょう!! 幹事の哲庵さん、現地でお世話頂く千種さん、ご厄介をかけます が、どうぞ宜しくお願いいたします。 む三四 [2003年11月21日 14時29分42秒] お名前: 一歩 皆様、お世話になります。 帰りの時間が、私が一番早いので、変更しようと思いましたが、岡山まで1時間ですので、 遅れても大丈夫ですので、気にしないようにお願いします。 一歩 [2003年11月21日 11時53分20秒] お名前: 伸茶 あっしも、む三四さんと同じ帰路のチケットをおさえました。 書き込んでおきます。 正確な時間は次のとおりです。 よろしくおねがいします。 参加の皆様の列車のご予定をまとめましたのでご確認ください。 立案者が不慣れな為に帰途の列車の変更をお願いし、早速に 変更頂き恐縮です。 尚様、緑洗様、紫水さま。 新幹線の改札出口左方で待っております。 1Fの 商店街・食堂街に行き、昼食をご一緒するつもりです。 小春様、一歩様。 予定通りの到着を待っています。 哲庵様。 よろしくお願いいたします。 今日は午後から雨がぱらパラついていますが、当日は好天になるでしょう。 では、当日お逢いできるのを楽しみに待っております。 千 種 [2003年11月19日 20時51分53秒] お名前: 千種さん、メールを有難うございました。 23日の 帰りの便につきましては、本日、皆さんと大体同じ頃の 京都発18:37分 ひかり284号に変更いたしました。 いろいろご心配をお掛けしてすみませんでした。 宜しく お願いいたします。 以上、お詫び方々 む三四 [2003年11月19日 0時14分4秒] お名前: 千種さま、いろいろお世話頂き有難うございます。 帰りの時刻のことでご心配をかけ申し訳ございません。 乗車便を変更するにやぶさかでありませんが、近鉄奈良駅 発16:30分京都行き特急で京都着17:06分を予定 して居りました。 1時間位遅い便を当たりますが、のぞみ中心の運行に切り替 わって不便になりましたね。 む三四 [2003年11月16日 22時8分39秒] お名前: 千種 さま お手数をお掛けいたしております。 先程変更してきました。 23日 京都発 18:26 (のぞみ62号) 宜しく。 [2003年11月15日 16時25分56秒] お名前: 昨日の書き込みに早速、応答頂き有り難うございました。 紫水様 列車の予定有り難うございました。 お帰りの23日 17:09 となっていますが、奈良からの移動時間を考えると少々無理だと 感じます。 1時間位後に御変更頂ければ如何でしょうか? む三四様 当日の好天に期待したいものですが。 関西は紅葉の便りがしきり ですが、今年の紅葉は少し遅く期待薄すの様ですが如何でしょう。 紫水様と同様に帰りのお時間を考慮いただければ幸甚です。 伸茶様 お早い到着で京都で一仕事出来そうですね。 改札出口で逢えるといい のですが。 哲庵様 部屋の割付等、色々お世話になります。 午後から昼食の「ろくさろん」 に電話しておきます。 小春様 お手数をとらせまして、申し訳ありません。 今朝列車変更のメール を拝見し、23日のお帰りがのぞみ108号18:34発と知りました。 23日は一歩様と一緒に京都駅まで帰りましょう。 一歩様 京都到着の時は改札出口までお迎えに上がります。 改札口は横一列で 出口は左側になります。 内外が見透せるのですぐに分かります。 私も季節の変わり目に体調を崩し、秋に入って3回も毛虫に刺され たり、2度も転んだりしましたが、思いの外お化け顔の紫も消え、 昨日は点滴に通いまして、体調は万全だと思っています。 では、皆様22日に元気でお逢い致しましょう。 [2003年11月15日 13時30分59秒] お名前: 千種様 奈良オフミで大変お世話になります。 私は、ひかり265号 京都駅着 11:34 で駆けつけます。 所定の集合場所での再会、心より楽しみにしております。 尚、私の携帯電話番号は、 090-8948-5569 です。 [2003年11月15日 10時45分26秒] お名前: 小春 千種さん ご心配下さり有難うございます。 電話予約で次の便が取れましたので 前の便はキャンセルする事にします。 23日 のぞみ148号 18:34 どうぞ宜しくお願いします。 [2003年11月15日 8時50分47秒] お名前: 最終確定人数です。 ・・・哲庵 みかさ荘に最終確定人数を報告しておきました。 11名です。 女性3人部屋、男性6人部屋と2人部屋の3部屋だそうです。 千種様が昼食場所の予約をしてくださるようです。 小生も、「てるてる坊主」ぶらさげます。 自分がぶら下がってドーする! 京都駅新幹線中央改札口は向かい側に近鉄の改札口があっててわかりやすいです。 迷ったら、小生の「携帯」に連絡を! いインターネットでも検索できますのでごらんください。 2003年11月14日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月14日 23時21分24秒] お名前: 伸茶 あっしは、のぞみ205号 京都着9時23分です。 あまりに早い到着なので、当然ですが、お気遣いなく。 集合時間までには集まります。 哲庵さんの携帯知ってますから、何かあったら連絡入れます。 23日は、まだ買ってません。 混むかも分からないので、事前に買っておいた方がいいかな〜 [2003年11月14日 22時15分49秒] お名前: 千種さん、お世話さまです。 宜しくお願いいたします。 小生の到着時刻は、22日ひかり307号12:20着です。 帰りは、23日ひかり282号17:37京都発です。 当日の天候が晴れることをてるてる坊主に祈らないといけま せんね。 今までの実績はすべて好天に恵まれておりますので、今回も 大丈夫でしょう。 皆さん、元気にお目にかかりましょう!! む三四 [2003年11月14日 21時16分59秒] お名前: 千種 さま お世話になります。 ご連絡遅れまして申し訳ございません。 京都着 10:04 22日 京都発 17:09 23日 22日は到着後 東寺を参拝定刻12時45分には指定場所に行きます。 紫水 拝 [2003年11月14日 15時58分57秒] お名前: 奈良オフ・ミ参加予定の皆様、早々に切符も用意され、後は当日の好天を待つ ばかりとなりました。 京都駅到着の時間は、緑洗様10:04、尚様11:04、哲庵様1146、 一歩様12:04、小春様12:11、帰路様12:23(のぞみ117号は 12:43到着ではありません) む三四様、伸茶様、曳月様、紫水様の予定が分かりましたらお知らせ下さい。 小春様のお帰りが17:09京都発では、奈良で15時過ぎに予定を終える 必要があり、少々無理かと思います。 私は少し早い目に行って新幹線の改札出口で待っています。 新幹線のホーム から、大阪寄りのエスカレーターで降りられますと2Fのコンコースとなり、 色々のお店があり、早く着かれても退屈しないと思います。 最近関西で有名な 「松葉のにしんそば」のおみせが開店しているとも聞きました。 当日は雑事の許す限り11時頃に行き、尚様、とご一緒したいと思っています。 改札出口の外は近鉄線や宇治線からの人達と一緒になって混雑しますが、人が 途切れた時は一時空きますので、探す苦労は要りません。 小春様、一歩様、安心していらっして下さい。 お逢い出来るのを楽しみに しています。 では皆様、よろしく。 [2003年11月14日 11時59分10秒] お名前: 伸茶 あちゃ〜 きょう座席指定をしたら、いい所はもう満席。 結局、朝7時3分ののぞみ205号でした。 京都は9時半につきますので、 東福寺でも見ようかと思ってます。 [2003年11月13日 20時33分20秒] お名前: 尚 さあ楽しい奈良オフミだ 当日は早めに京都に着きます。 のぞみ209号11:04着です ゆっくり食事してお茶でも飲んでます 早く着いた方がいらしたらご一緒しましょう 尚 [2003年11月12日 6時2分5秒] お名前: 一歩 哲庵さん、千種さん、お世話になります。 私は、逆から(上り)、前にも書きましたが、のぞみ82号(12:04着)で参ります。 帰りはのぞみ59号(17:54)を取りました。 みなさんよろしくお願いします。 [2003年11月11日 12時54分21秒] お名前: 哲庵さん、千種さん、お世話になります。 京都着12:43、のぞみ117号喫煙席(!)が取れました。 帰りはオープンです。 天候と体調によってどうするか決めようと 考えております。 [2003年11月10日 22時34分31秒] お名前: 小春 哲庵さん、千種さん お世話になります。 奈良オフミが近づき、ドキドキワクワクしています。 どうぞ宜しくお願いいたします。 皆様に京都駅でお会いするのを楽しみにしております。 [2003年11月10日 21時9分30秒] お名前: のんびりコースで行きます。 ・・・哲庵 気っ風のいい知人が、新幹線の「格安」のキップをてにいれてくれました。 さすがに「禁煙席」でなく、がまんです。 東京駅 9:26分発のぞみ113号 15号車です。 京都着 11時46分です。 12時30分頃には、、改札口の外で立って待ってます。 帰りは未定です。 これからの仕事の予定で、もう少しのんびりできるかどうか 決まります。 がんばるぞー! 2003年11月10日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月10日 7時24分12秒] お名前: 待ちに待った奈良のオフ・ミまであと十数日に迫ってまいりました。 燎岳さん・喜舟さん・晴さんの不参が確定し残念です。 哲庵さんは夜行バスとの由。 お気を付けてください。 「集合・待合場所」は「JR京都駅中2F新幹線コンコース・新幹線 中央改札口付近」で、12時45分と致しています。 では よろしく!! [2003年11月9日 21時40分8秒] お名前: 緑洗 遅まきながら切符を買いました。 ところが出遅れの為、 22日は京都着10時4分の喫煙席、23日は京都発19時 という時間になりました。 京都での時間の過ごし方を考えなければなりません。 ちょっと一杯というところでしょうが。 [2003年11月9日 16時9分20秒] お名前: 小春 一歩さん 良かったですね。 私は、12:11 京都駅着、禁煙席はもう有りませんでした。 帰りは 17:09 京都駅発の新幹線の切符を買いました。 だんだんオフミの日が近づいて参りました。 元気に参加したいと思います。 どうぞ宜しくお願いいたします。 [2003年11月7日 17時16分33秒] お名前: 一歩 新幹線の切符買いました。 早めにいって、京都で少しゆっくりしようと 思いましたが、連休で新幹線、随分混んでいるようです。 禁煙席は、12:04着のが一席だけ残っていました。 小春さんにご連絡いただいて、よかったです。 という事で、京都12:04着で行きます。 新しい京都駅、初めてで楽しみです。 よろしくお願いします。 一歩 [2003年11月7日 12時46分19秒] お名前: いろいろな行き方があると思うので・・・哲庵 「近鉄電車」に乗り換えるので「改札口」外がいいと思いますがどうでしょう。 駅の様子をいろいろしらべてみます。 小生は、深夜バスを利用しようかなんて考えてますので、外がいいのですが・・。 [2003年11月6日 20時4分29秒] お名前: 伸茶 ちょっと早めについて、どっかで昼飯くおうと思ってます。 構内から、外に出ていいものかど〜か? [2003年11月6日 19時48分53秒] お名前: 尚 京都駅の待ち合わせ場所は、哲庵さんの指定の中央改札口でいいが 近鉄に乗るのであるから、分からない時は近鉄口付近に居れば大抵 みつけられます。 風邪を引かない様に元気でお逢いしましょう。 尚 [2003年11月6日 13時23分24秒] お名前: 伸茶 待ち合わせ場所の質問 >12時45分 JR「京都駅」中2F新幹線コンコース・ 新幹線中央改札口付近 ここは、新幹線から降りて、改札の外なんでしょうか。 哲庵さん、写真見ましたよ〜 [2003年11月5日 9時18分30秒] お名前: 芭蕉翁も立ち寄った奈良です。 ・・・哲庵 晴先生、残念です。 でも、お元気そうでなによりです。 元禄七年、大阪より江戸の杉風に送った書状を「画像掲示板」に アップしました。 出光美術館での「芭蕉展」で鑑賞しました。 九月九日重陽の日、奈良で過ごしたことが書かれています。 発句も3句書かれていました。 その一ヶ月後、芭蕉翁は大阪で没します。 芭蕉翁が訪れたときは、大仏様は補修中だったとか? 修学旅行の事前学習みたいにいろいろ楽しんでます。 2003年11月3日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月3日 12時8分38秒] お名前: 晴 奈良オフミの開催日も近く、秋色ふかき奈良での吟行を 皆さん楽しみにしておられることと存じます。 まことに残念ながら22日の夕刻から大阪で阪大卒業生の会合があり、 そちらへの出席を確約しておりますので、今回は失礼させて頂きます。 ご盛会を祈ります。 藤 田 晴 [2003年11月2日 10時9分57秒] お名前: 奈良オフ・ミへのお誘い!! 11月22日23日奈良でのオフ・ミが催されます。 尚さんが、早くに素敵な和風の宿を確保して下さいました。 縁側には若草山を 借景にした広い庭があり、山がよく見えるように周りの大きい木が切り除けら れましたので、一段と見晴らしが良くなりました。 夜の宴会や句会用にと広い お座敷も用意して下さっており、こんな良い宿に泊まれるのも絶好のチャンス だと思います。 志賀直哉の旧邸はモダンであり、途中の白樺派サロンの白いテーブル・椅子 にも当時への思ひが馳せて楽しいものです。 平成6年の冬に立ち寄ったときは ケーキセットが千二百円で驚きました。 その頃新薬師寺は屋根の葺き替えの最中でした。 市立の写真美術館はまだ新 しかったのですが、この機に様々な奈良の仏様にお逢い出来ると思います。 最初の日の薬師寺は東塔は天平の姿その儘で、西塔と金堂が新しく、壁画を 収めた玄奘三蔵院の見学だけでも奈良オフ・ミに満足されることと思います。 二日目の春日野や東大寺のコースは皆様のお馴染みだと思いますが、四季・ 年齢によっても見方が異なり、楽しい思い出となるでしょう。 背高ノッポの哲庵さんがPC俳句会の黄色の小旗を持って迷子にならない様 に誘導して下さいますし、夜は尚さんが句相撲等で楽しく遊ばせてくださいます。 近辺の方も、遠方の方も思い切って参加してください。 お待ちしています。 宿泊はせずに、 何方かの一日だけのご参加でも結構ですので、 よろしく!! 千 種 [2003年11月1日 20時28分38秒] お名前: 奈良オフミ確定日程です。 ・・・哲庵 千種様に大変お骨折りいただいて、次の日程ができあがりました。 集 合:12時45分JR「京都駅」中2F新幹線コンコース・新幹線中央改札口 付近といたします。 JRの切符は奈良まででなく、京都までの分を買って下さい。 行 程:第1日・集合地から近鉄中央乗車改札口に平面移動し13:15過ぎに 出る奈良方面行電車に乗車。 「西大寺」で乗換え「西の京」下車、徒歩5分で薬師寺到着。 薬師寺拝観。 東塔・西塔・講堂(薬師如来・日光・月光菩薩)、 玄奘三蔵院=げんぞうさんぞういん=(平山郁夫画伯の壁画 8面)等を拝観。 隣接する唐招提寺は解体修理中のため拝観を省略する。 「西の京」駅に戻り近鉄電車でで「奈良」に向かう。 途中「西大寺」で奈良行き電車に乗換え「近鉄奈良」駅で下車。 奈良市内循環バス外回り2番に乗車し「破石町」=やれいし ちょう=で下車。 徒歩にてKKR奈良みかさ荘にチエックイン。 第2日・午前中は、朝食後チェックアウト後、志賀直哉旧邸を見学。 道の途中の「ろくさろん」に荷物を預けて、 脚に自信のある方は萩と椿で有名な白毫寺の見物に向かう。 他の方は新薬師寺・隣切する鏡神社を拝観した後に、 奈良市立写真美術館(郷土写真家入江泰吉氏の奈良の仏像全 作品を展示)等を鑑賞する。 「ろくさろん」に戻り昼食休憩とする。 ビラフ・ピザ・カレー等 コーヒー付きで八百円前後。 午後は徒歩で春日野(ささやきの小徑)を散策し、春日大社・ 若草山・手向山八幡宮・東大寺 二月堂・三月堂・戒壇院・正倉 院を経て大仏殿に到る)を巡り、内回りの循環バスで「近鉄奈良」 駅に移動し近鉄電車で「京都」駅に帰り解散。 実施日程が11月の下旬で、夕方4時を過ぎると日没になるのでそんなに 廻れません。 奈良の市内には興福寺・元興寺・猿沢池、市外では法隆寺・ 明日香遺跡・吉野山等と観る所がまだまだあります。 翌日もお休みの方が いらっしゃると思いますので、それぞれのご計画をお立て下さい。 関東の方、下記が東京発の新幹線、集合時間に間に合う最終便じゃないかと思います。 こだま407号 12時39分 のぞみ119号 12時34分 なお、参加される方、以前連絡してある哲庵の携帯番号、ご利用ください。 紫水様には後ほど連絡いたします。 (忘れた方はメール下さい) なお、宿にはまだ余裕あります。 11月7日ごろには確定報告しますので、 ご都合が付く方、ご一緒しましょう。 尚様ご紹介の宿、ホームページを見ても ゆかしきいい宿ですよ。 吉例の「句相撲」む三四様、尚様ご準備よろしくお願いいたします。 小生、オフミの連休確保のため今日も残業でただ今戻りました。 秋麗あなたに会いたい天の邪鬼・・・哲庵 2003年11月1日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年11月1日 18時47分38秒] お名前: 緑洗さん、OKです。 /む三四 緑洗さん、おっしゃるようにそろそろ乗車券の手配が要りますね。 千種さんの作って下さった吟行案に、哲庵幹事も賛成して居られます ので、京都駅12:30集合で行きましょう。 割引になっているのでしょうね。 私などロートル組は、ジパング倶楽部の割引の方が有利かと思います が、現役の方々は参考にしてください。 哲庵さん、念のため12:30京都駅集合でよろしいですね?! 集合場所の具体的な指示は後日宜しくお願いいたします。 む三四 [2003年11月1日 12時56分44秒] お名前: 緑洗 奈良オフミ切符の件など いよいよ楽しみの11月22日が迫ってまいりました。 そこで切符の手配をしたいと思います。 お手数ですが、どなたか教えていただきたくお願いいたします。 緑洗 [2003年10月31日 12時4分26秒] お名前: 残念なお知らせです/む三四 奈良オフミにご夫妻で参加予定だった、燎岳さん、喜舟さんは 燎岳さんの病気療養のため欠席となりました。 地元の燎岳ご夫妻の欠席は残念ですが、ご病気の一日も早いご 快復を祈念し、次回、お元気にご参加くださるようお見舞いを申し あげます。 したがって、紫水さんまでの参加予定者は11名となっており ます。 16名の部屋が確保されておりますので、あと数名のご参加を 募ります。 これを機会に「オフミ」にも参加 出来ればと思いお許しを乞う次第です。 宜しければ是非お願い申し上げます。 紫水 拝 [2003年10月24日 22時16分55秒] お名前: 皆さん、こんにちは! 奈良オフミまで後一ヶ月! いよいよですね! 千種さんから下見に基づく詳細な吟行プラン も提示され、具体的なイメージが浮かんで来ますね。 千種さん、遅ればせながら、有難うございました! そろそろ参加人員の確定もしなければなりません。 どうしようか 迷っている皆さん、ご一緒に楽しくやりましょう!! ご決断くださーい!! 恒例の俳句相撲も楽しみですね。 多くの皆さんのご参加を期待し まーす。 最近入会された方々もどうぞご遠慮なく! ご参加をおまちしまーす! む三四 [2003年10月22日 11時13分20秒] お名前: 一歩様大歓迎です。 ・・・哲庵 よくご決心なされました。 伊香保以来のお目もじでうれしいです。 にほ様、胞子様も参加できるといいですね。 奈良七重七堂伽藍八重桜・・・芭蕉 2003年10月10日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年10月10日 23時32分56秒] お名前: 一歩 私も参加させていただきたいと思います。 決心したら、一度に嬉しくなりました。 楽しみです。 よろしくお願いします。 すてき!すてき!・・・哲庵 千種様の案でオーケーです。 奈良は20年ぶりです。 どきどきします。 菊の香や奈良には古き仏たち・・・芭蕉 行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲・・・佐々木信綱 2003年10月7日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年10月7日 7時23分35秒] お名前: PC俳句会の皆様へ 昨年秋の 嵯峨野・南滋賀オフミ、今年春の伊香保オフミ、に続いて11月に 奈良吟行を企画した奈良オフミが開かれることとなりました。 先月29日久々の秋晴れに誘われて、急遽、奈良にオフミの下見に行くことに 方向変換し、宿泊地の「KKR奈良みかさ荘」に行きました。 閑静な高畑町の一画に建てられた純和風の建物で、縁側には三笠山を借景した 青々とした広いお庭があり、玄関脇には灯籠や井戸もあり、全く良い宿です。 オフミの私案は、11月22日(土)12時半頃にJR京都駅新幹線コンコース に集合し、近鉄電車で「西大寺」で乗換えて「西の京」駅で下車。 「薬師寺」を 拝観し、「玄奘三蔵殿」の壁画を観た後、近鉄電車で奈良に出、市内循環バスの 外回り線の「破石」で下車、徒歩7分で宿泊地の「奈良みかさ荘」に着きます。 翌日は午前中「志賀直哉旧邸」を観たあと「新薬師寺」に向かいます。 拝観の後 時間があれば「市立写真美術館」を見学し、同じ道を引き返し途中で昼食休憩と 致します。 「ろくさろん」はモダンな雰囲気なお店で、コーヒー付きのセット昼食 が800円前後で楽しめます。 その後徒歩で「春日大社」・「手向山八幡宮」・ 「東大寺」の「三月堂」・「二月堂」・「戒壇院」・「大仏殿」を観て廻った バスで近鉄の奈良駅まで帰ります。 後は近鉄電車で京都駅に出て解散致します。 秋の奈良はどこに行っても紅葉の美しい所ばかりですので、是非お出で下さい。 昨日、小春さんからの参加申し込みがあり現在11名でまだまだ余裕があります。 多数のご参加をお待ち致しますので、このページに申し込んで下さい。 お世話下さる皆様よろしくお願いいたします。 ・・・哲庵 千種様、実地踏査、ありがとうございます。 「奈良みかさ荘」は、すてきなホームページがあります。 「奈良 みかさ荘」で検索するとすぐでます。 ごらんください。 東京から奈良まで約3時間30分ぐらいですから 現地奈良駅、または、直接「みかさ荘」に13時集合。 (16時チェックインです。 ) 荷物を置かせてもらって、宿舎近辺の東大寺、興福寺等、奈良公園をを吟行。 17時当たりに宿舎に戻り18時から宴会、恒例の「句相撲」 今回は古都ゆえに、「カラオケ」は遠慮して、飲み語り明かしましょう。 2日目は、西の京、薬師寺と唐招提寺でしょうか。 吟行ですから、あまり欲張らず、ゆったり 深まり行く秋を堪能いたしましょう。 どこかでおいしい昼食を取ってミニミニ句会。 関東組は15時頃、奈良駅を出立という具合でどうでしょうか。 おおざっぱに修学旅行の頃を思いだして、考えてみましたが・・・。 2日目の「お昼」の場所がきちんと決まっていれば、あとはのんびりみなさんの ご意見で計画していけばいいのでは?。 いかがでしょうか。 2003年10月4日哲庵愛吐夢(埼玉県・川口市) [2003年10月4日 23時35分7秒] お名前: 皆さん、こんにちは! 10月に入りまして、奥日光や草津温泉では紅葉の見ごろも 間近いとの便りが聞こえるようになりました。 いよいよ、秋のオフミも具体的なプランの時期にさしかかり ますね。 29日、千種さんが「みかさ荘」の下見に行ってくださった そうで、とても良い和風旅館だとのお知らせを頂きました。 さすが、尚さんのお勧めだけに、本当に良かったと思います。 千種さん、お手数をかけて、ほんとうに有難うございました。 是非、実地検分されたご感想など、また、吟行案などご紹介頂け ると有難いですね。 宜しくお願いいたします。 ところで、現在、参加希望は10名となっております。 部屋数に まだ余裕がありますので、是非、楽しい奈良オフミにお申込みくだ さい。 皆様のご参加をお待ちしまーす! む三四 [2003年10月4日 9時29分58秒] お名前: 緑洗さん、奈良オフミご参加、大歓迎です! これで9名に、おっと、地元で吟行プランなど ご提案頂いている千種さんを加えて10名ですね。 まだ収容力に余裕がありますので、どんどん 申し込んでください! 9月の声を聞き、秋のオフミを考える実感が 湧いて来ましたね。 奈良オフミへの参加の許し?が出ましたので、 参加を希望いたします。 カラオケも俳句もまだまだですが、ご指導方 よろしくお願い致します。 緑洗 [2003年8月31日 23時20分14秒] お名前: 曳月さん、奈良オフミご参加、大歓迎です! また、楽しくやりましょう!! 千種さんもご参加のメールを頂き、吟行コースに ついていろいろ検討して頂き素案も頂いております。 他の皆さーん、如何ですか?! 何しろ時期が ちょっと早すぎますので、まだぴんと来ていない 状況かと思いますが、尚さんのメッセージにもあり ますように「行きたいな・・・」程度でも、声を 上げてみてください。 また、奈良なら是非あそこに、というご希望があれ ばそんなご意見も宜しくお願いいたします。 む三四 [2003年7月18日 10時30分11秒] お名前: む三四様、尚様、お手配いただきありがとう ございます。 参加希望いたします。 宜しくお願いいたします。 曳月 拝 [2003年7月17日 8時30分45秒] お名前: 尚 奈良オフミについて お知らせ 現在7名の方から参加予定を頂いていますが、部屋の状況をお知らせ致します 今のところ確保していますのは、2人部屋2室、3人部屋2室、6人部屋1室 と計5室16名です。 宴会場は椅子席で20名でも可能です。 2食付き、税サービス料込みで1万円の予定です(飲み物別) ご予定を今から調整されてなるべく多数の参加をお待ちしています。 今は人数の予定が知りたいので,参加の表明が絶対的なものではありませんから 気軽に参加してもいいかなと思はれたら書き込んで下さい。 関西方面のお方でお近くの方は二日間お付き合い頂ければ無理に泊まらなくても 夕食と宴会だけでもいいのですから。 秋の奈良はいいですよ。 尚さん、旅館を斡旋下さり有難うございます。 地の者として何かお手伝い致したいと存じます。 追々にご用命下さい。 がんばります。 尚様、旅館手配ありがとうございます。 修学旅行などにも使われる宿で、接客も好感が持てました。 たしか2食つきで、1万円程度でした。 ご参考までに。 [2003年7月2日 22時41分40秒] [2003年7月2日 23時18分5秒] お名前: 帰路 宜しくお願いします。 何と云っても人気抜群の観光地だけに早目の宿泊 手配が必要です。 尚さんの斡旋で、奈良の「KKR奈良 みかさ荘」 が一泊2食付で一万円という割安な料金で手配でき そうです。 小規模な和風旅館で、KKR(国家公務員 共済組合経営)ですから(昨年の琵琶湖もKKR) 信頼できる宿と思います。 11月22日、23日(土、日)で予定したいと考え ております。 23日の勤労感謝の日を挟んだ三連休で、 紅葉狩の好シーズンといえましょう。 具体的な吟行コースは参加者の希望を入れて決め たいと思いますが、宿が決まればゆっくり検討しま しょう。 つきましては、参加人員規模を把握したいと思い ますので、文字通り「希望」ということで結構です から希望者は手を挙げてみて頂きたいと思います。 確定申込みは9月頃再度確認することとしたいと 思います。 [2003年7月2日 23時10分30秒].

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