ピンク レディー。 ピンク・レディー、高校時代の“原点”に凱旋 15年ぶり新曲を引っさげ…

ピンク・レディー S・O・S 歌詞&動画視聴

ピンク レディー

ピンク・レディープロフィール ミー:1958年3月9日 ケイ:1957年9月2日 スター誕生! 』に出演しデビューしたのですが、それ以前からヤマハボーカルスクールという音楽スクールに通い、2人で行動を共にしていました。 アイドルグループは、兄弟などの特別な事情がない限り、デビューする際に本人の意志に関係なく組まされることがほとんどで、デビューする前から2人組であったピンク・レディーはかなり珍しいケースと言えます。 セクシー路線でデビュー スター誕生! に出場したときのピンク・レディー(当時は本名の根本美鶴代と増田恵子で出場)は、オーバオールを着た素朴な感じの女の子という感じでしたが、デビューの際は過激な衣装を着たセクシー路線のアイドルに変貌しました。 このことは一部で問題となり、スター誕生! の審査員だった声楽家の松田トシなどは猛反発してそうですが、当の本人たちはセクシー路線に大きな抵抗がなかったようで、この路線は見事に大成功します。 ピンク・レディーの2人は、花の中三トリオよりデビューが3年から4年遅いわけですが、年齢は彼女たちより1つ上なため、正統派路線で勝負することは難しい当初から思っていたのかもしれません。 日本芸能史上最大のブーム セクシーな衣装もそうですが、あまり深い意味を持たせない阿久悠の歌詞、独特なダンスなどは、当時の日本歌謡界において斬新で、ピンク・レディーはデビューしてすぐに話題となり、デビュー2曲目の『S・O・S』から10曲目『カメレオン・アーミー』までで通算63週オリコンランキング1位を達成します。 (平均すると1曲で7週1位を獲っっている) 特に1977年8月の第3週から1978年2月の第3週までは、28週のうち27週にわたりピンク・レディーが1位を獲得するという異常事態といえるほどの過熱したブームを巻き起こしました。 当時のピンク・レディーは余りにも忙しすぎて、『夜のヒットスタジオ』のリハーサルに出れず代わりに山口百恵と桜田淳子がリハーサルを行ったことすらあったそうです。 (当時の山口百恵も十分殺人的スケジュールだったはずだが・・・) 山口百恵との直接対決 70年代後半にピンク・レディーと双璧をなすようなアイドルだった山口百恵とは、1978年のレコード大賞で直接対決となりました。 ピンク・レディーの表題曲は『UFO』 山口百恵の表題曲は『プレイバックPart2』 どちらも、後にお互いの代表曲となる楽曲での勝負です。 ピンク・レディーは、この直接対決を見事に制しアイドルとして初めてレコード大賞を獲得、一方、山口百恵がレコード大賞を受賞することは終にありませんでした。 紅白辞退とアメリカ進出 レコード大賞を受賞するなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった1978年、ピンク・レディーは紅白歌合戦の出場を辞退します。 (ピンク・レディーが70年代に紅白歌合戦に出場したのは77年の1回のみ) 理由は、日本テレビが紅白の対抗番組して放送した『ピンク・レディー汗と涙の大晦日150分!! 』に出演するためでしたが、当時のアイドル歌謡界で紅白歌合戦の出場辞退などは考えられず、一部で批判の声が上がります。 更に翌年の1979年以降は海外(主にアメリカ)へも進出しましたが、このような行動は、既存のファンの想いとはあまりにも差があり、日本でのピンク・レディー人気は一気に沈静化していくのでした。 そして解散・・・ 1980年になって本格的なアメリカ進出を果たし、日本での活動が限定的となったピンク・レディーでしたが、アメリカで大きな活躍ができずに帰国。 この頃には日本でのピンク・レディーブームは完全に過ぎ去っており、日本の芸能界におけるピンク・レディーの居場所は既にありませんでした。 結果、帰国から間もなく解散を宣言し、1981年3月31日に解散コンサートをもって活動を停止します。 更にこの解散コンサートも、先に解散したキャンディーズに比べ盛り上がらなかったと酷評されるなど、ピンク・レディーの活動終盤はあまり有意義なものではありませんでした。 アメリカの進出は失敗だったのか? ピンク・レディーの海外進出は失敗だったと言われていますが、実際は一定の活躍はしていました。 全米デビュー曲の『Kiss In The Dark』はビルボード(日本で言うオリコン)で最高37位を獲得し、日本人歌手としては坂本九に次ぐヒットとなりましたし、全米3大ネットワークのテレビで冠番組も持っていました。 しかし、日本人が期待していたほどの活躍はできず、また現地での扱いも決して良いものではなかったそうです。 そして、何よりも日本のファンを蔑ろにしてしまったことが最大の失敗だったと思われます。 解散後の活動 ピンク・レディーの解散後、ケイ(増田恵子と改名)は解散直後の1981年に『すずめ』がヒット、ミー(MIEと改名)は1984年に『NEVER』がヒットと、芸能活動を続けていた2人でしたが、あまりにもピンク・レディーのイメージが強すぎたためか、解散後の2人が芸能界で大きな活躍をしたとは言い難い状況でした。 これはどのアイドルにもある苦悩なのでしょうが、日本最大のブームを起こしたピンク・レディーの2人は、この苦悩をもっとも受けた人になるかもしれません。 期間限定?の再結成 ピンク・レディーは、1984年の期間限定再結成を皮切りに、 1989年 1996年 2003年 と再結成を繰り返しました。 そして2010年には解散を撤回し、ピンク・レディーとしてテレビ出演することも多くなります。 近年はピンク・レディーとしての活動は減っていますが、2017年にはレコード大賞の舞台で久しぶりにスペシャルメドレーを披露し、見事に還暦復帰を果たします。 しかし一方で独自路線が行き過ぎ、NHK紅白歌合戦の出場辞退やアメリカ進出など、既存のファンの気持ちを大切にしない行動が目立ち、人気の低下を極端に早めてしまったのでしょう。 また、そもそも論として、加熱しすぎたブームは冷めるのも早いという事実も人気低下の原因の1つだったと思います。 私の好きなピンク・レディー楽曲 個人的に、ピンク・レディーの楽曲でこれと言って好きな楽曲はありません。 ピンク・レディーの楽曲は、良い意味で1曲1曲聴かせるタイプの楽曲ではないので、全体的に雰囲気を楽しんでいます。 その中で意外に好きな楽曲として1つ挙げるとするなら、 『 Kiss In The Dark』 です。 これは前記した通り全米デビューのシングル曲で、日本では大きなヒットはしていませんが、個人的には好きな楽曲です。 9 アーカイブ アーカイブ プライバシーポリシー.

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日本芸能史上最大のブームを起こした『ピンク・レディー』

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由来 [ ] 発祥の地はである。 にイギリスで上演されていた『 ()』にちなんでおり、主演女優の ()に対して打ち上げパーティの席上で捧げられたのが最初である。 シェイクの材料は、ドライジンとグレナデン・シロップ、卵白などである。 なお、日本のアイドルデュオ・の名前は、このカクテルからが命名した。 日本では、ピンク・レディーが活躍した時代に人気を博した。 一般的なレシピ [ ] 一般的なレシピは以下の通り。 ドライ・ジン - 45• グレナデン・シロップ - 20ml• レモン・ジュース - 1• 卵白() - 1個分 手順 [ ]• 材料をシェイカーに入れる。 きれいなピンク色になるよう、グレナデン・シロップの量は微調整する。 氷と共に強くシェイクする。 卵白が入っているので、特に強くシェイクする必要がある。 ソーサー型の、またはに注ぐ。 参考資料 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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ピンク・レディー、高校時代の“原点”に凱旋 15年ぶり新曲を引っさげ…

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ピンクレディーミーの現在の年齢は? 昭和の古き良き時代に一世を風靡したピンクレディー のミーさん。 現在もピンクレディー復活で変わらぬ スタイルの良さ とキレのあるダンスで年齢不詳ぶりを披露して世間を ざわつかせていますが現在の年齢は何歳なのでしょう。 実際、正直言ってかなりいい年齢だと思うのですが 確かに美しさは健在です。 調べた所1958年3月9日生まれの 61歳(19年5月時点) との事。 61歳の還暦越えの、あのスタイルは、流石バラエティー でも何度も放送されてましたが、美への飽くなき拘り ぶりと、凄まじいまでの体系管理にあるのだな、と納得です。 以前見た番組では 1日の食事は1食。 常にトレーニングや、一般人には考えられないレベルの マッサージ(お爺さんに1回5万!) など、常軌をきした拘りぶりがテレビでも話題でした。 そうしてキープしまくった、あの美しいスタイルと 変わらぬ美貌が今のミーさんを支えているのですね。 やはり芸能人でも第一線で現役活躍する女性は、全然 リアルな女性の美への拘りとは次元が違うのだと納得 したモノです。 ピンクレディーミーの昔と今の鼻の違いが絶句レベル それにしても~です。 正直いって昭和の画像を見て思った事は、年齢だけでは あり得ない お顔の変化。 ミーさんの美しいスリムなスタイルが努力の賜物である 事は冒頭で説明した通りなので、当然の結果だと思い ますが、お顔の変化だけは、微妙な気分です。 と、言うのもピンクレディー再結成で、テレビに ブレイクしているピンクレディーのミーさんですが 鼻が妙に素人目に見ても違和感出まくりなのです。 何かしら入っている 異物感とでも言うのでしょうか。 正直言って美容整形の経験はありませんが、あの 鼻は色々なお顔があるとはいえ、違和感ありまくり。 そこで気になり、当然有名人であるミーさんの 昔の画像ピンクレディーの現役時代のお顔を 拝見したのです。 やっぱり! そうとしか言いようがありません・・・ 断定はできませんが、ほぼほぼ何かしら入れられた? と思われる顔の変化では、ないでしょうか・・・ Sponsored Link ピンクレディーミーの鼻は整形失敗? かなり失礼かと思いますが、やはり素人目に見ても ミーさんの 鼻の違和感の強さは美容整形だと思います。 そして、もう一つ付け加えるなら、あのお鼻の仕上がり を成功と言えるのでしょうか・・・ 正直言って、あれほど尋常ならぬ美への追求を61歳の 今も追及し続けているミーさんなのに、今のお鼻の 仕上がりに違和感を感じないのでしょうか? 正直そこが、かなり不可解です。 汗 芸能人たるもの、美を追求するのに、もはや美容整形 など、珍しくも何ともない、と思いつつ、あの仕上がり で平然と現在進行形で芸能活動を行っている。 そんなミーさんの美的感覚が意味不明です。 と、整形すれば、みんなが成功するとは限らない? と言う事実に少々の恐怖を感じています・・・ Sponsored Link おわりに 美の基準は人それぞれとは思いつつ、ミーさんの強靭な若さや美貌への拘りがテレビで見ていても61歳にして、あの厳しい自己管理には関心するばかりです。 でもお鼻の仕上がりだけが、正直理解に苦しむ美の基準とは、やはり人それぞれなのでしょう。 正直昔のお顔の方が、ず~っと普通ぽくてチャーミングに見えるのですが、それは若さ故の魅力なのでしょうか。 鼻の違和感が気になる一ファンとして、是非美を追求する芸能人らしく、お直しを徹底して欲しいと思うばかりです。 ミーさんの今後に益々目が離せません。

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