君はいい子 感想。 【あらすじ😈妖怪学園Y】第27話感想‥マタロウ君がヒーローに変身‼ 中の人は誰なんだ⁉

【ネタバレ感想考察】「天気の子」を君の名は。嫌いがみた結果|愛が歌われ尽くした世界で描かれた現代人への応援歌

君はいい子 感想

もくじ (文字クリックでジャンプ出来ます)• あらすじ この本は、 「サンタさんの来ない家」 「べっぴんさん」 「うそつき」 「こんにちは、さようなら」 「うばすて山」 の5作品からなるオムニバス形式で構成されており、 どの作品も 子供への虐待が大きなテーマとして描かれています。 興味深いのは、この5つの物語が少しずつどこかで関連してること。 登場人物は桜ヶ丘という同じ街で生活し、何か問題を抱えています。 そんな中で人と人との繋がりの大切や、暖かさを感じる作品です。 それでは一つ一つの作品を簡単にご紹介 「サンタさんの来ない家」 少年と向き合うのは小学校の新人教師・岡野。 叱っても言うことを聞いてくれない子供、叩けば体罰、 扱いづらい問題児とどう向き合えば良いのか 案の定、学級崩壊させてしまった新人教師は1人の少年の異変に気づく。 学校が休みの日も校庭にいたり、数日同じトレーナーを着ている神田くん。 どうやら母親の再婚相手の男に問題があるようだ。 その男に「17時までは帰ってくるな!」と言われてる神田くんは、 いつも同じ場所で1人、ポツンと待っていた。 雨の日はしずくが落ちる場所なのに。 学校で雨風がしのげる場所ならいくらでもあるのに・・、なぜ? どうやら校舎の壁にある時計が、そこからだとよくみえるらしい。 17時までは帰れないのだから・・・。 ご飯もろくに食べさせてもらえず、やせ細ったこの子を新人教師は救うことが出来るのか 「べっぴんさん」 自身も虐待された経験を持つ母親が同じ様に娘にも手を上げてしまう。 旦那は単身赴任で海外勤務、子育ては自分だけ、 ストレスを上手くコントロール出来ず、矛先は子供へ。 アザができるまで子供を叩く母親。 でもその異変に気づいていたのはママ友でした。 彼女は1人で抱えていた問題を共有できるママ友の関わりで、 娘を抱きしめる母親に戻ることが出来るのか。 「うそつき」 初めて息子が友だちを連れてきた。 息子はいわゆる母親に似て素直でいい子。 遊びに来た友達いわく「継母にご飯を食べさせてもらえないから殺される」という。 当然息子は「そんなの嘘だよ」と思ってるようだけど、 ドンドン痩せていく友達を見ると、あながち嘘じゃないようだ。 遠く離れたわが家に自転車を漕いでやってくる友達。 出来ることは家族の一員として接してあげること。 我が家に来た時は沢山食べさせてあげよう! ただ、遠く離れた友達とは同じ中学に通えない。 息子はそれをどう受け止めているのか、 そして父親の自分は少年時代に仲が良かった友達との思い出と重ねあわせる。 「こんにちは、さようなら」 桜ヶ丘で孤独と戦う一人暮らしのおばあちゃん・あきえさん。 1年生になったばかりのピカピカの小学生が春になるとピンポンダッシュするけど 春の訪れを感じる行事の一つとして全く怒らないあきえさん。 そしていつもすれ違う度にちゃんと「こんにちは」とあいさつするひろやくん。 ある日、鍵をなくしてしまい、家に帰れないというから、あきえさんはひろやくんを預かることに。 慌てて飛んできたお母さんの話を聞くと、どうやらひろやくんは障害のある子らしい。 過去に思いつめて心中を考えたり、息子を虐待した事を告白してくれたお母さんもまた この桜ヶ丘で孤独を感じていたという。 子供を通じて偶然知りあった二人。 少しだ明るい未来が見えてきそうです。 「うばすて山」 姉妹で長女の私だけが母親から虐待を受けていた。 そんな母親も認知症を患い、今では娘の私でさえもわからない。 介護は全て妹が引受け、どうしても3日間だけ預かって欲しいということで母親を預かった。 よみがえるのは良い思い出がない子供時代。 笑ってくれなかった母親。 3日間の介護で、彼女は過去の記憶を精算し、前に進むことが出来るのか。 全てを葬り去りたかった過去の記憶の中に母親との思い出が蘇る・・・。 Sponsored Link 感想 この本に登場する「しあわせ」という字は「仕合わせ」になっています。 良い意味でも悪い意味でも人と人との「めぐり合わせ」という意味ですが もちろん作者が用いたのは良い意味です。 そして物語の登場人物は意外なところで接点があります。 例えば子供がピンポンダッシュしたおばあちゃんの家に謝りに行った教師は 1話の岡野さんだったり、「うそつき」で登場した父親と「うばすて山」の主人公は 子供時代に遊んでいたり。 読み終えてみると、桜ヶ丘という小さな街のどこかで誰かが巡りあっているのだと。 そう言えばこの作品を通じて作者は、 世界を救うことはできなくても、まわりのだれかを救うことは、きっと、だれにでもできると思う と語っています。 毎日沢山のニュースが流れる中で、ポツリポツリと必ずある幼児虐待という悲しい文字。 全ての物語に共通して出てくる重いテーマですが、 それぞれ異なる家庭環境で、どのようにして虐待が行われるのか、 そしてされる側だけでなく、する親たちの心理もうまく表現されていると思います。 最後に 3話「うそつき」の夫の優しさについて。 妻は卵の黄身がキライでいつも夫が食べていましたが 実は夫も好きではありませんでした。 妻は幼いころ、食べ物を残すと母親に怒られていたので おばあちゃんがコッソリ食べてくれていたのです。 そんなおばあちゃんももちろん、黄身が好きじゃありませんでしたが 孫のことを思うと食べずにはいられなかったのでしょう。 結婚前に亡くなったおばあちゃん。 一度だけ会った夫は、おばあちゃんから黄身のことを聞かされたという。 だからこのことはおばあちゃんと孫娘の夫との二人の秘密なんです。 そして妻はいつもじゃんけんでチョキを出す。 わざと負ける夫、息子の友達もわざと負けてたっけ。 私もたまにはわざと負けてみようと思う。 こんな感じで心温まるエピソードが散りばめられた「きみはいい子」 映画ではこの5つの物語から• 「サンタさんの来ない家」• 「べっぴんさん」• 「こんにちは、さようなら」 の3つを原作として作られたそうです。 映画を見終わったあと、きっと誰かを抱きしめたくなりますよ。

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きみはいい子のレビュー・感想・評価

君はいい子 感想

CONTENTS• 映画『天気の子』作品情報 C 2019「天気の子」製作委員会 【公開】 2019年(日本映画) 【監督】 新海誠 【キャスト】 醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬 【作品概要】 『言の葉の庭』、『君の名は』などで知られるアニメーション映画監督・新海誠の3年ぶりの長編最新作。 天候が狂い、雨が降り続く東京で「晴れ」をもたらす少女と家を出て行き場をなくした少年の出会いがやがて世界を変える出来事を起こす様子を描きます。 『君の名は』を始め、これまでの新海作品を手掛けてきたコミック・ウェーブ・フィルムがアニメーション制作を担当。 そして、2000人を超えるオーディションから選ばれた醍醐虎汰朗、森七菜の新人に注目が集まるとともに、小栗旬や本田翼といった実力派俳優陣や人気声優、梶裕貴らが参加。 豪華キャストで贈るアニメーション大作となっています。 映画『天気の子』のあらすじとネタバレ C 2019「天気の子」製作委員会 病室で眠る母を見舞う少女がふと、窓の外を見ると雨が降る空から一筋の光がさしていました。 少女は何かに導かれるようにその光がさす場所へ向かうと、やがて廃ビルの屋上に立てられた祠へと辿り着きました。 そして、少女が祠の前に立つ鳥居をくぐった瞬間、彼女は遥か上空を漂い、そこで積乱雲の上に広がる草原や龍のように舞う細長い雲、魚のように宙を泳ぐ雨粒を目にします。 一方、16歳の高校生・森嶋帆高は故郷の離島から家出。 ひとり、東京に向かうフェリーに乗っていました。 フェリーは急激な降雨の影響で傾き、甲板にいた帆高は海に落ちそうになりますが、一人の男に助けられます。 同じく東京に向かっていた男は何かあったら自分を訪ねるようにといい、名刺を帆高に渡します。 そこには「須賀圭介」と書かれていました。 東京は異常気象に見舞われ、何日も雨が続いていました。 東京で早速バイトを探し始めた帆高ですが、身分証を持っていないが故に誰も雇ってくれません。 街を彷徨う帆高は、やがて警察官に声をかけられます。 家出していることが知られれば、補導されると思った帆高は逃げ出します。 警察官から逃げ延び、雑居ビルの軒下に隠れてるうちに眠ってしまった帆高は、ビルの住人から追い出されます。 その際、彼は倒してしまったゴミ箱の中から紙袋にくるまれた拳銃を見つけてしまいます。 最初は驚いたものの、ただおもちゃだろうと思った帆高は拳銃をそのままバックにしまいこみます。 所持金が乏しくなりファストフード店で毎夜を過ごす帆高に、そこでバイトとして働いていた少女がそっとハンバーガーを渡します。 店には内緒だと言う少女の厚意を受けた帆高は、須賀の元を訪ねる決心をします。 須賀の事務所を訪ねた帆高は、須賀とアシスタントの女性・夏美に無理やり須賀の仕事を手伝わされることになります。 須賀はフリーライターで、オカルト雑誌などの記事を書いていました。 執筆の腕を見込まれ、住み込み食事付きで働くことになった帆高はライターの仕事以外にも須賀や夏美の身の回りの世話をこなしていきます。 C 2019「天気の子」製作委員会 そんなある日、帆高は少女にまとわりつき、如何わしい仕事の話をする男たちの姿を見かけます。 その少女は以前、帆高にハンバーガーをくれた少女でした。 思わず少女の手を引いて駆け出す帆高ですが、すぐに男たちに捕まってしまいます。 馬乗りになって殴りかかってきた男に、帆高は鞄から拳銃を取り出し、男に向け引き金を引きます。 あたりに響き渡った轟音によって、自身が引き金を引いたそれが本物だと気づいた帆高。 幸い、弾は男に当たりませんでした。 あまりの出来事に放心する帆高と男たち。 少女は帆高を連れ、廃ビルへと逃げ込みます。 少女は危うく人を殺すところだったと帆高を非難。 帆高自身も、自分が犯しかけた過ちの大きさに遅まきながら気づかされ、拳銃を投げ捨てます。 少女はファストフード店のバイトをクビになり、稼げる仕事がしたかったと明かします。 うつむく帆高に、少女はついてくるように促します。 屋上にある祠の前へと帆高を連れ出した少女は語りかけます。 「ねえ、今から晴れるよ」。 少女が手を合わせて祈ると、ぶ厚い雨雲が瞬く間に晴れ、あたり一面が日の光に包まれます。 陽菜と名乗る少女は、祈ることで束の間の晴れを呼ぶことのできる「晴れ女」でした。 後日、帆高は陽菜にネット上で依頼を募り、晴れを届ける「晴れ女ビジネス」を持ちかけます。 はじめは消極的だった陽菜も生活のためと決心。 WEBサイトを立ち上げると早速、依頼が舞い込んできます。 帆高と陽菜は、陽菜の弟の凪も巻き込んで依頼をこなしていきます。 陽菜の活躍がネット上で話題を呼び、次々と依頼がやってきますが、花火大会での依頼を受けた際テレビに映ってしまったことで依頼が殺到。 帆高たちは既に受けた依頼をこなし、しばらく休業することにします。 帆高は依頼で訪れた老夫人・冨美の家で知り合った彼女の孫・瀧との会話の中で、陽菜の誕生日が近いことに気がつきます。 その頃、ある神社へ取材に向かった須賀と夏美は天気を治療する「天気の巫女」の話を聞きます。 帆高は陽菜へのプレゼントを求めアクセサリーショップへ向かい、悩みぬいた末、指輪を購入します。 不安な帆高は「もらった相手はうれしいはず」と言う店員の言葉に背中を押され、次の依頼、最後の仕事が終わった後に渡そうと決意します。 訪れた週末。 最後の依頼はなんと、須賀が依頼したものでした。 彼の娘・萌花(もか)のために公園を晴れにしてほしいという須賀の依頼を果たした陽菜は帆高、凪、須賀、萌花、夏美たちと楽しいひと時を過ごします。 須賀たちと食事をして帰るという凪を残し、陽菜を送る帆高はプレゼントの指輪を渡そうとします。 しかし、突如吹いた突風に視線をはずした帆高は目の前にいたはずの陽菜がいなくなっていることに驚きます。 陽菜の呼ぶ声に帆高は頭上を見上げると、そこには宙に佇み、雫が重力に逆らい、陽菜の周りを巡る異様な光景を目にします。 さらには、陽菜の体の一部が透けていのを目撃し帆高は驚きます。 地上に降り立った陽菜は帆高に晴れ女になったきっかけを話します。 陽菜の母親は一年ほど前に亡くなっており、その頃、廃ビル屋上の祠に光がさしているのを目撃、その祠で弱っていく母を見てもう一度、母と晴天の下を歩けるようにと願ったときから晴れをもたらす力を手に入れました。 陽菜の部屋でシャワーを浴びながら考えをめぐらせる帆高は陽菜から隠れるように言われます。 警察が陽菜の部屋を訪ねてきており、警察は捜索願が出された帆高を探していました。 また、帆高には、以前、陽菜を助けようとした際に手にしていた拳銃が街頭カメラに写っており、銃器不法所持の嫌疑もかけられていました。 陽菜は帆高のことは知らないと答えますが、警察は、陽菜と凪は母親の死後、未成年二人で生活していたため、近く児童相談所の人間が保護しに来ることを告げ、去っていきます。 迫った危機に焦燥する帆高に須賀から連絡が入ります。 凪を連れ、陽菜の部屋の近くまで来ていた須賀は帆高に離島の家に帰るように言い、自分に帆高誘拐の嫌疑がかけられているため、二度と自分の元を訪れるなと言い去っていきます。 帆高が陽菜の部屋に戻ると、陽菜と凪は荷物をまとめ、部屋を出ようとしていました。 児童相談所に保護されると姉妹、離れ離れになると考えた陽菜はどこか別の場所で凪と生活しようと考えていました。 帆高は二人に同行する決意を固め、三人で東京を出ようとしますが、降り始めた大雨により交通機能は麻痺、やがて真夏にもかかわらず雪が降り出す異常気象に見舞われます。 三人はホテルを見つけ、休むことにします。 日付が変わった事を見計らい、帆高は陽菜に指輪をプレゼントします。 喜ぶ陽菜は不意に帆高に話し始めます。 陽菜は自分が人柱だといい、自分が犠牲になることで本来の気候が戻ってくるのだと夏美から聞かされたと明かします。 陽菜の話を信じたくない帆高は陽菜を必死で抱きしめます。 翌朝、眼が覚めた帆高は隣にいるはずの陽菜がいなくなっていることに気がつきます。 帆高は慌てて部屋の中を探しますが陽菜の姿はどこにもありません。 そこに警察官が突如入室、帆高は捕まってしまいます。 連行される帆高は雲ひとつ無い晴れた空を見て、陽菜が人柱になってしまったことに気がつきます。 陽菜を連れ戻したい帆高は、警察官の隙を突き、逃亡、廃ビル屋上の祠にいけば陽菜に会うことが出来ると思い走り出します。 しかし、追跡する警察に追い詰められますが、バイクで駆けつけた夏美に窮地を救われます。 廃ビルに向かう帆高と夏美ですが、道路が水没おり、バイクが進めません。 先に行けと言う夏美に背中を押された帆高は廃ビルに急ぎます。 ようやく辿り着いた廃ビルでは須賀が待ち構えていました。 今すぐ警察に戻れば罪は軽いと説得する須賀ですが帆高は聞き入れません。 頑なに行く手を妨害する須賀にかつて捨てた拳銃を再び手にし、押し通ろうとしますが、警察が駆けつけます。 たちまち包囲される帆高はなりふり構わず屋上に向かおうとしますが、瞬く間に取り押さえられてしまいます。 それを助けたのは帆高の純情に感化された須賀と児童相談所から逃げ出した凪でした。 崩れ落ちる非常階段を駆け上り辿り着いた祠に強く祈る帆高の意識は遥か上空へ飛ばされ、雲の上の草原で陽菜と再会します。 そして、陽菜の手を取り、幾つもの雲をつきぬけ祠の前へ帰り着きます。 帆高の手はしっかりと陽菜の手を掴み、空は思い出したかのように雨が降り始めていました。 それから三年の月日がたち、高校を卒業した帆高は再び東京を目指します。 三年の間、雨は降り続け、東京はほとんどが水没していました。 一連の騒動の後、故郷の離島に戻された帆高は保護観察処分となり、帆高は陽菜にはそれ以来あっていません。 帆高は陽菜を連れ戻したことにより世界を変えてしまったことを心苦しく思い、陽菜もまた同じ思いでいるのではないかと感じていました。 しかし、三年ぶりに陽菜を見た帆高はどんなに世界が変わったとしても自分が陽菜と生きていくと決めていたことを思い出し、二人は共に歩み始めます。 映画『天気の子』の感想と評価 C 2019「天気の子」製作委員会 新海監督が手がけた作品は「 新海ワールド」と称され、建造物や機械などの緻密な作画と光や雨など天候が織り成す美しい景色が特徴的ですが、 本作ではその「新海ワールド」は新たな次元に踏み入れたといっても過言ではありません。 特に、花火のシーンでは都心の上空に打ちあがる花火の閃光とビルや道路を走る車のヘッドライトの光の共演は息を飲むほど美しく表現されています。 また、花火によって生まれる硝煙をあえて描くことでリアリティを感じさせたり、細かなところまで描きこまれている印象を受けました。 ほかに、 今作のテーマのひとつである「雨」も様々な形で表現されていました。 例えば、叩きつけるような雨を雨粒が跳ね返る様子で表現したり、晴れ間が覗き徐々に弱くなっていく雨を段々、細くなり最後には見えなくなるといった感じに描いたり、降り始めた雨がアスファルトを徐々に濡らしていく様子だったり、 新海監督のこだわりが強く感じられました。 また、本作では 社会に対する少年、少女の悩み、苦しみとそれを忘れてしまった大人たちの姿が描かれていました。 特に印象的だったのは、自らの想いを貫き、陽菜を連れ戻した帆高が時が経ち、自らのエゴで世界を変えてしまったのではと思い悩む姿は、少年が大人になる過程で単純な感情だけでは物事を考えられなくなる「時間」と言う残酷さを表現しているようでした。 逆に自らの保身から帆高を追い出し、警察に引き渡そうとする須賀が帆高の頑なに陽菜の元へ行こうとする姿に感化され、警察官に飛びつくシーンは、感情で行動できなってしまう大人でも何かに突き動かされることがあると表現しているようでした。 本作では新海監督の 前作『君の名は。 』のキャラクターがところどころに登場していました。 例えば、依頼を受けて訪ねた老婆の家で『君の名は。 』の主人公・立花瀧が登場したり、帆高が陽菜の誕生日プレゼントを買い求めたアクセサリーショップではヒロイン・宮水三葉が働いていました。 また、初めて陽菜が依頼を受けたフリーマーケット会場では三葉の友人、勅使河原克彦と名取早耶香の姿がありました。 新海作品のファンにとっては嬉しいサプライズになりました。 まとめ C 2019「天気の子」製作委員会 2016年の『君の名は。 』は日本のみならず世界でも大ヒットを記録し、同じく2016年にアメリカの雑誌『バラエティ』で 「注目すべきアニメーター10人」に日本人で初めて選ばれ、その実力は世界が認めるところとなりました。 また、 ハリウッドでは現在、『君の名は。 』の実写化が企画されており、大きな注目を集めています。 そんな中で公開された『天気の子』は 日本のみならず世界が首を長くして待ち続けた新海監督の最新作となりました。 圧倒的な映像美と少年少女の純情が描かれた『天気の子』。 本作が世界中でヒットすると共に 新たな「新海ワールド」が繰り広げられることが楽しみです。 なお、『天気の子』については多数の記事をアップしておりますので、是非合わせてご覧ください。

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天気の子 感想・レビュー|映画の時間

君はいい子 感想

ファーストインプレッションはこちら。 天気の子 観終った。 ぶっちゃけめっっちゃつまらなかった。 君の名は。 と比べて心が盛り上がるシーン皆無。 よくこんなにつまらない脚本書けるなと感心するレベル。 でも君の名は。 は面白かったけど好きじゃないのに対して、こっちはつまらなかったけどかなり好き。 — あさひんご hulu民 asahineru 私が何か書くよりも、このエントリが楽しかったので、こちらを読んでほしい。 以下は、このエントリにおんぶにだっこしながら軽めに感想を述べます。 魔法のように素晴らしい瞬間と地獄のようにひどい瞬間がメチャクチャに混在しており、ブンブン振り回された。 現実的な描写が冴えわたるほど、いいかげんなご都合主義は悪目立ちする。 一言でいうとこれに尽きると思う。 私は振り回してもらうところまで行けなかったけど。 つまらない粗が目立つのは、素晴らしい部分が素晴らしかったから。 良いもの「だけ」が見たい人にはきつかろうが、素晴らしいものがみたい人にはおすすめだ。 「君の名は。 」主要人物の再登場、オレは全然嬉しくなかった。 瀧くんが影から日向に登場とか、三葉ちゃんの顔を勿体ぶってなかなか見せないとか、ひどく映画の邪魔になってると感じた。 あの2人の声はやはり特別で、モブじゃ済まねえんだよな。 それがなくてもこの映画、「ラノベの設定みたいな話」がこの映画そのものだったりプリキュアのコスプレとかCCさくらの「ぜったいだいじょうぶだよ」リスペクトとか、映画の枠を越境してくるメタな描写が多くて忙しいのである。 ここら辺がこの作品のダメダメなところだろうと私は思った。 素晴らしいところが本当に素晴らしいのに、つまらないノイズがいちいち感情移入を妨げる。 気が散る要素が多すぎるのだ。 作品内より作品外のSNSを意識したネタをたくさん入れてて、なんか 台湾ティーを売るためにタピオカマシマシにしました感が強いのはいかがなものかと思う。 「天気の子」はやっぱり面白かったと思う。 ただそれでもオレが不安を感じていることがあって、引き算で作っていたと思われる先生のミクロな映画が、どんどん足し算を繰り返すマクロな映画に変質してきているということだ。 オレのこのレビューの褒めたり貶したりの支離滅裂も、足し算の映画ゆえのことだ。 いらんものをどんどん引いて純化した、結晶のような美しい、頭のおかしい「秒速5センチメートル」のような映画を新海先生はもう作ってくれないのではないか、という不安が拭えない 私はマンガ版「秒速5センチメートル」が素晴らしかったと思うような人なので、映画版ほど徹底した引き算をされるとそれはそれで困ってしまうのだけれど、言いたいことはとてもよくわかる。 でも「天気の子」の場合、二人は高校生と中学生だ。 特にホダカ君がいけない。 家出をしたり仕事をしたりする必要があったから高校生という設定にしているのはわかるが、内面はどう考えても小学生なのだ。 彼が高校生相応の内面を持っていると感じさせる描写はなかった。 エピローグでやっと高校生になったばかり、という印象を与える。 このギャップは結局最後まで解消されず、見ている間ずっとしっくりこなかった。 というか、この作品大人も出てくるけどみんながみんなおかしな行動ばかりする。 君の名は。 の変電所爆破テッシーと同じく、新海誠ワールドの人はちょっとしたきっかけがあると喜々として犯罪を行うものだ、という倫理観のようです。 世界がくるってるという話をしたいなら登場人物はそれなりに常識的であったほしかったのに、そもそも登場人物がくるってるから、世界がおかしくなってもすんなり適応してしまっている。 いったい何が描きたかったのか、という気分になってしまう。 なんとなく「万引き家族」を見ているような気持になった。 この作品は感情移入に失敗すると脚本はかなり致命的だと思う(いつもの新海誠) 途中からは感情移入するものではないと頭を切り替えてしまったのだが、これがまたよくなかった。 新海誠作品で感情移入の努力を放棄することは死を意味する。 なんだかんだ言って音楽や劇中歌をうまく利用して感情移入することがこの物語を楽しむのに必要な態度であったのに、それを放棄してしまった結果、そのあと自分が見た物語展開は異常に単調で、くるっていて、もっさりしたものと感じられてしまったのだ。 今から思うと、やはり「君の名は」は、いろんな矛盾やツッコミどころをはらみつつも、そのスピーディーな展開や大がかりな仕掛けがあり、視聴者を休ませずに楽しませる意欲が強い作品だったのだと思う。 「天気の子」は、設定も絵の構図もとても壮大だったけど、物語としてはあまりにもミクロすぎた。 こんなものはセカイ系の仲間に入れられない。 セカイ系なめんな。 イメージとしてそう見せかけているだけで、結局はいつもの新海誠じゃねえか(誉め言葉)。 そんな感じだった。 勝手にセカイ系的なものを期待してたんだけどそこですかされた気持ち。 「世界を守るか、彼女を救うか」なんて切実な問いは最初から存在しなかったというのだ。 別にお前が世界を救わなくても世界は何とかなると。 どっちでもいいから好きなほうえらべや、と。 なんだこれおもしれえ。 「セカイか彼女か選べ」じゃなくて「逮捕されないようにおとなしく過ごすか、大切な彼女を救うかを選べ」に問題がすり替えられているw こうなるとまじめに考えるのがあほらしく見えてくる。 世界のことは知らん。 たぶん大丈夫だろ」ではあまりに軽い。 軽いというかチャラい。 なんかウェイウェイしてるw でも、私はこの作品全然嫌いじゃない。 なんなら「君の名は」よりも好きだといえる というわけで、私にとってはこの作品はとにかく「ひどい」作品だったと感じた。 「というかこれ物語なの?」と。 冒頭で書いた通り、よくこんなくそみたいな脚本で勝負しようと思いましたね正気ですか?とさえ思う。 「描きたいシーン」ありきの作り方。 全体の整合性とかキャラクターの自然さなんかは二の次。 そして最後に、全然説得力ないけど言いたいことだけ言って視聴者をモヤモヤさせて終わる。 ひどい。 それでも、私はこの作品かなり好きだ。 この作品は新海誠でないと作れない作品だったと思う。 数々のマイナス要素を全ていけにえとして比類なき美しいイメージがいくつか描かれた。 この作品で描かれる、とあるシーンの美しさは「君の名は」を完全に凌駕していると私は思う。 最初はバーニラバニラまでやって現実を生々しく描いたそのあとで、こんな光景を描くかーという感動があった。 リアリティ的にはどうかと思うけど美しかった。 エンディングに不満がある人は多いだろうけれど私はこれも嫌いじゃない。 見ている間は楽しいけど何も残らない「君の名は」よりもずっとオタク的には好ましい終わり方だと思った。 私はこの言葉がかなり印象に残った。 強かったり正しかったりする人間が勝つなんて当たり前のことなんで、むしろ弱くて間違ってる人間に美しさでもって勝利への説得力を与えるのが美術の価値なのではないか 本当にくそみたいな幼稚なお話だったけど、私もこの一点をもってこの作品を肯定したいと思う。 まだ未見の人は是非「神様がうそをつく」を読んだ後にこの映画見に行ってほしい。 新海誠には、こじんまりまとまったきれいな作品なんかより、今後もシーンの力で勝負してほしいと思う。 もちろん感情移入できるような作品であればなおうれしいけれど(笑) 「天気の子は、セカイ系をぶっ壊してなんかいねーよ。 ただ新海誠がこの光景を描きたかったからそうしただけなんだよ。 」 「エロゲヲタがそこに複数の選択肢やマルチエンディングを見出ちゃうのは主人公がアホに描かれすぎてるからなだけで新海誠は特に考えてないぞ」 せやなwwwほんまわかる— あさひんご hulu民 asahineru 蛇足。 素晴らしい。 そうそうそうだよね。 自分が好きなシーンだけ自分で補完しながらみたら神作品だったよね。 あんなefみたいな天使の梯子から始まって、keyみたいな話やって、leafやねこねこソフトみたいな伝奇ものしつつ、CIRCUSみたく魔法とその代償の話をして、最後に「狂ってしまった世界だけどそれでも続いていく」ってまたminoriに戻る「天気の子」が? 「銀色」わかりみすぎてつらい。 ついでだから「車輪の国」みたいに、隣にいるけど見えてなかっただけのお姉さまがいたという設定でアペンドディスク作ろうぜ。 追記:ぼくのかいしゃく、まちがってたかもしんない。 ラストシーン、素晴らしいと思ってたけど言語化できないなと思ってたけど 私、ちゃんと理解できてなかったみたいですね。 「世界なんて最初から狂っていたんだから自分たちにはどうしようもなかったんだ」という慰めの言葉を陽菜にかけていたとしたら、それじゃあ雲のむこうと同じで、全く無内容な、相手に届かない独りよがりな「大丈夫」になってしまう。 でも、彼は、帆高はそうしなかった、そうじゃなかったんだよ……。 別に何か「大丈夫」であることを保証してくれるものはなく、敢えて言えば、その言葉の言霊だけがそれを保証している。 この開き直りの凄まじい力強さですよ。 無根拠性を分かった上で、それでも敢えて引き受けて、未来を言祝ぐこと。 過去ではなく、今と未来を見ること。 祈り続ける陽菜の姿をみた帆高は、そこで初めて彼女の思いに気づく。 あの時初めて帆高は陽菜が自分と同じ思いを抱いているという確信の上で「大丈夫」と声をかける。 ここで初めて、二人は対等に向き合えたのだ もちろんこれはホダカの主観に過ぎない。 現実としては二人は責任なんて取れやしない。 誰も彼らに責任を迫らないヌルすぎる世界だということには変わりない。 作品が中途半端なところで主人公たちの選択と世界のリンクをぶった切って主人公たちを甘やかしてるという事実は変わらない。 それでも、ヒナは自分が世界より自分を選んだことを人のせいにせず自分で背負おうと決めたし、ホダカもその彼女の意思を尊重する。 世界なんて到底背負いきれないけど自分のできる範囲で自分のやったことから逃げ出さずに向き合う決意はしている。 この点はちゃんと評価すべきだった。 この記事の追記部分がさらに良い。 ちゃんとこの作品を理解できた人ほど、「今までの新海誠ではない」といい、わたしはたいしてよくわかってないくせして、わかったような顔をして「だって新海誠だし」でちゃんと理解しようとするとから逃げていたのかもしれない。 これは反省すべきだなうん。 残念ながら、今の私はこの人と感想戦ができるレベルにない。 もっと精進せねばいかん。 tyoshiki.

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