ちび くろ サンボ 絵本。 数ページ読める|ちびくろ・さんぼ|絵本ナビ : ヘレン・バンナーマン,フランク・ドビアス,光吉 夏弥 みんなの声・通販

マジックザギャザリングに差別問題の余波

ちび くろ サンボ 絵本

不朽の名作「ちびくろサンボ」全文公開! 岩波書店版(1953年) イギリスの作家ヘレン=ワトソン=バンナーマンによって書かれた「ちびくろサンボ」は、1899年にイギリスで出版されました。 日本では昭和初期に雑誌「コドモノクニ」で紹介されて以来、大変な人気を博した名作童話です。 しかし、黒人差別をなくす会などの圧力を受けて、日本では1988年以降、絶版になっています。 個人的には、この名作のどこが黒人差別なのか分かりません。 でも、これを読んで、差別だと感じる人もいるのでしょう。 ただ、事件当時は、家族3人で構成されているにすぎない黒人差別をなくす会による、不当な言論弾圧だと感じたのは確かです。 このサイトの目的は、様々な価値観を知ることにあります。 そのためには、対象とする文化をあらゆる角度から検証しなければなりません。 こうした作業の場合、特に有効なのは、価値観の集積である文章を読むことでしょう。 だとすれば、差別だと感じる人もいる「ちびくろサンボ」を読み解くことで、一つの価値観の理解につながるわけです。 それが、この童話の全文を公開する理由です。 当然、差別を助長するのを目的として公開するわけではありません。 問題は著作権です。 この全文はぼくが所有する岩波版と講談社版と旺文社版を参考に、あらためて日本語訳したものです。 原作の著作権はすでに切れているので、特に問題はないと思います。 むかしむかしあるところに、ちびくろサンボという黒人の少年がいました。 お母さんはマンボ、お父さんはジャンボという名前です。 家族3人で、とても仲良く暮らしていました。 ある日のこと、マンボママが、ちびくろサンボに赤い上着と青いズボンを作ってくれました。 そして、ジャンボパパは、市場できれいな緑色のカサと紫色の靴を買ってきてくれました。 靴は底も内側も真っ赤です。 ちびくろサンボには、とてもお似合いです。 うれしくなったちびくろサンボは、ジャングルに散歩に出かけました。 すると、一匹の虎が向こうからやってくるではありませんか。 「ちびくろサンボ、お前を食ってやる!」 「お願い食べないで。 この赤い上着をあげるから」 ちびくろサンボがこう言うと、 「よかろう。 今回はその赤い上着で勘弁してやろう」 と、虎は上着を取り上げてしまいました。 そして、 「おれはこのジャングルでいちばん偉いんだ」 といいながら、ジャングルの奥に行ってしまいました。 ちびくろサンボは、また歩き出しました。 すると、向こうから、さっきの虎とは別の虎がやってきてこう言います。 「ちびくろサンボ、お前を食ってやる!」 「お願い食べないで。 この青いズボンをあげるから」 ちびくろサンボがこう言うと、 「よかろう。 今回はその青いズボンで許してやろう」 と、虎はズボンを取り上げ、 「おれはこのジャングルでいちばん偉いんだ」 といいながら、ゆうゆうとジャングルの奥に行ってしまいました。 ちびくろサンボは、ふたたび歩き出しました。 すると、向こうから、なんとまた別の虎がやってくるではありませんか。 「ちびくろサンボ、お前を食ってやる!」 「お願い食べないで。 この紫の靴をあげるから。 ほら、底も中も赤いんだよ」 ちびくろサンボがこう言うと、 「ふん、そんな靴、おれさまには何の役にも立たないぞ。 お前と違って、おれさまは足が4本もあるんだから」 サンボは必死に考えて、 「ならば、靴を耳に掛けてごらんよ」 と言いました。 すると、 「なるほど、それはいい考えだ。 よかろう。 今回はその紫の靴で見逃してやろう」 と、虎は靴を取り上げると、やっぱり 「おれはこのジャングルでいちばん偉いんだ」 といいながらジャングルに消えていきました。 しばらく歩くと、4匹目の虎に出会ってしまいました。 「ちびくろサンボ、お前を食ってやる!」 「お願い食べないで。 この緑色のカサをあげるから」 ちびくろサンボがこう言うと、 「カサなんてどうやってさしていけるんだ。 おれは歩くときに4本の足すべてを使うんだ」 「しっぽの先に結んで歩けばいいじゃない」 「なるほど、それはいい。 わかった。 その緑の傘をよこせば、今回は食べないでやる」 そして虎はカサを取り上げると、遠くに行ってしまいました。 もちろん、 「おれはこのジャングルでいちばん偉いんだ」 といいながら。 かわいそうなちびくろサンボ。 お気に入りの上着もズボンも靴もカサも取られ、泣きながら歩き出しました。 すると、突然、恐ろしい声が聞こえてきました。 「グルルー」 声はだんだん大きくなってきます。 「大変だ、虎がぼくを食べに来る!」 ちびくろサンボはあわてて近くの椰子の木に隠れ、そっと様子をうかがいます。 「おれがいちばん偉いんだ」 「いや、おれだ」 どうやら、あの4匹の虎が、誰がいちばん偉いのか、ケンカしているようです。 そのうち、みんな本気で怒りだし、いっせいに飛び上がって取っ組み合いの大ゲンカを始めました。 上着もズボンも靴もカサも放り出し、爪を立てたり牙でかんだりと、たいへんな騒ぎです。 虎たちはぐるぐるともつれ合って、ちょうどちびくろサンボが隠れている椰子の木までやってきました。 ちびくろサンボはさっと飛び出して、カサの陰に隠れます。 ケンカはいっそうひどくなっていき、それぞれの虎が互いのしっぽにかみつき始めました。 4匹の虎が、それぞれ前にいた虎のしっぽをかんだわけですから、椰子の木を中心にして、虎の輪ができあがりました。 ちびくろサンボは遠くに逃げて 「虎さんたち、上着もズボンも靴もカサもいらないの?」 と大声で叫びました。 けれども、虎はうなるだけです。 「いるのなら、いるといっておくれよ。 でなきゃ、全部もっていっちゃうからね」 こう叫んでも、虎たちのケンカはいっこうに収まりません。 そこで、ちびくろサンボは落ちている上着とズボンと靴とカサを取り戻して、逃げ帰ってきました。 虎たちのケンカはまったく収まりません。 相手を食べてしまおうと、あいかわらずお互いのしっぽをかんだまま、木の回りをぐるぐると回るばかり。 虎の輪はだんだんとスピードをあげていきました。 輪の速さはぐんぐんと上がっていき、いまや、どれが足でどれが頭かさえ分からないほどです。 それでも虎たちは早く早く走り続け、そのままとうとう溶けてしまいました。 椰子の木の回りに、溶けた虎のバターができたのです! ちびくろサンボのジャンボパパが仕事から帰ってくるとき、ぐうぜん、このバターを見つけました。 「これは上等のバターだ。 おみやげに持ってかえって、おいしい料理を作ってもらおう」 ジャンボパパはこう言うと、持っていた大きな壺にバターをたっぷりと入れて、家に持ち帰りました。 このバターにマンボママは大喜び。 「さぁ、晩御飯はホットケーキのごちそうよ」 マンボママは、粉と卵とミルクと砂糖とバターをこねて、ホットケーキのもとを大量に作りました。 それを虎のバターで焼いてみると、ケーキは黄色と茶色に焼き上がりました。 まるで虎そっくりです。 さぁ、晩御飯の時間です。 3人はホットケーキをたっぷりと食べました。 マンボママは27個、ジャンボパパは55個、そして、ちびくろサンボは、なんと169個も平らげてしまいました。 おなかがペコペコだったんですね。

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ちびくろサンボ(ちびくろさんぼ)

ちび くろ サンボ 絵本

2 先日、某テレビ局考査部の人から相談を受けた。 内容は、絵本『ちびくろサンボ』の「サンボ」という言葉は差別語なのか、ということだった。 研究者によれば、インド、ネパール、チベットのシェルパ人達の間で、「サンボ」「マンボ」「ジャンボ」はごくありふれた名前であり、そこから「サンボ」と名付けたのであれば、差別語とは言えない。 しかし、アメリカでは、実際にアフリカ系アメリカ人に対する蔑称として「サンボ」があるので、使用する場面に応じて、注意すべきと答えた。 拙著『差別語・不快語』でもその点は、あまり突っ込んで書いてはいなかった。 ここで、日本では1980年代後半に、抗議により絶版になった絵本『ちびくろサンボ』について、すこし考えてみたい。 まず絵本『ちびくろサンボ』の出版の経緯について、振り返ってみたい。 日本では、1953年に出版された岩波書店版が初出とされている。 しかし、もともとの原作であるスコットランド人のヘレン・バンナーマン版ではなく、1927年にアメリカで出版されたマクミラン社版にもとづいて出版されたものである。 イギリス陸軍の軍医だった夫に同行していたインド滞在中に、ヘレン・バンナーマンが自分の娘たちのために私家版として作ったのが『The Story of Little Black Sambo』である。 アメリカ版の、フランク・ドビアスのイラストは、インドの子どもをアフリカ系黒人の子のように描き、原著と違い人種差別的な色合いを帯びたものだった。 (もとよりアメリカ大陸やアフリカ大陸にトラはいない。 ) つまり、ステレオタイプ化された黒人像を描いたわけである。 しかも、ストーリーが黒人を蔑視している、などの理由に加え、「サンボ」という呼称そのものが、アメリカでは黒人に対する蔑称でもあり、1960年代の公民権運動のさなかに黒人団体から抗議を受け、絶版になった経緯がある。 しかし、日本では、直接抗議する黒人団体もなく、1980年代後半まで放置されてきたのだが、被差別マイノリティーによる差別語・差別表現糾弾の声の高まりの中で、岩波書店版を初め、全ての『ちびくろサンボ』の絵本が1990年までに絶版となった。 (その後1999年に径書房から原著に基いた『ちびくろサンボのおはなし』が刊行されている。 「サンボ」は、スペイン語の「ZAMBO」(猿、がにまた)を語源としているといわれ、それが、アメリカで黒人蔑視表現としてある。 また、イギリスでは、黒人のことを差別的に表現する際、『ちびくろサンボ』の題名「Sam and the Tigers」をもじって「ST」という略語で隠語的に表わすことがある。 この「サンボ」は、中南米先住民族インディヘナと黒人の子として想定されている。 イギリス社会は差別語使用によって刑罰を受けるため、とくに上流階級は直接的な表現ではなく、物語や古い詩を引用するのだ。 原著は、地元のごく一般的な人名として「サンボ」を使用していた可能性が高い。 しかし、同じ「サンボ」であっても、そうした差別語として使用され、流通してきた経緯があるアメリカなどでは、誤解を招かないように別名にすべきだろう。 しかも、インド人の子どもをアフリカ系アメリカ人の子どもとして、ステレオタイプ的に描いているのだから尚更だ。 卑近な例だが、「バカチョンカメラ」の名称で、コンパクトカメラが発表されたとき、「チョン」という言葉 が在日韓国・朝鮮人に対する蔑称、つまり「チョン公」などと同一視されて使用されなくなった例がある。 言うまでもなく、この場合の「チョン」は「おろかな者、取るに足りない者」などを意味しており、在日韓国・朝鮮人を差別する蔑称「チョン」とは直接関係がなかった。 しかし、意図的に「バカチョン」を在日韓国・朝鮮人差別と結びつけて揶揄するに至って、使用がはばかられるようになったわけである。 外国の書籍や映画を翻訳する場合もそうだが、もともと差別的意図を持たない言葉であっても、それが使われるときの社会関係を考慮して、日本語に訳すなり表記することが大事だ。 黒人キャラクター商品をつくった日本人の制作者に悪意があったとは思いませんが、表現された黒人像は、すでに1930〜40年代のアメリカで批判されてきたものだったわけです。 ステレオタイプ化された黒人像の源流には、あからさまな侮蔑がありました。 その後、マネキンなどは、即刻撤去されましたが、時の内閣をも巻きこんだ、日米間の国際問題にも発展しました。 同じ時期、絵本『ちびくろサンボ』も黒人に対する偏見を助長する内容があるとして抗議を受け、出版各社があいついで絶版にしています。 しかし1991年には、一斉に絶版にしたことの是非をめぐり、さまざまな意見を集めた『「ちびくろサンボ」絶版を考える』(径書房)などが刊行され、その後、ヘンナ・バンナーマンの原作をそのまま日本語訳した『ちびくろサンボのおはなし』(径書房)が1999年に、そして、2008年にフランク・ドビアスの挿絵で、『ちびくろサンボ』(径書房)が出版されています。 出版元の径書房は、「なぜ差別なのか、なぜ絶版にしたのかをきちんと知りたい。 結論を急がず、差別問題を考えるための手がかりとなるような本を、というのが出版の動機だった」と、語っています。 (201P).

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ちびくろ・さんぼ(ヘレン・バンナーマン)の感想

ちび くろ サンボ 絵本

2 先日、某テレビ局考査部の人から相談を受けた。 内容は、絵本『ちびくろサンボ』の「サンボ」という言葉は差別語なのか、ということだった。 研究者によれば、インド、ネパール、チベットのシェルパ人達の間で、「サンボ」「マンボ」「ジャンボ」はごくありふれた名前であり、そこから「サンボ」と名付けたのであれば、差別語とは言えない。 しかし、アメリカでは、実際にアフリカ系アメリカ人に対する蔑称として「サンボ」があるので、使用する場面に応じて、注意すべきと答えた。 拙著『差別語・不快語』でもその点は、あまり突っ込んで書いてはいなかった。 ここで、日本では1980年代後半に、抗議により絶版になった絵本『ちびくろサンボ』について、すこし考えてみたい。 まず絵本『ちびくろサンボ』の出版の経緯について、振り返ってみたい。 日本では、1953年に出版された岩波書店版が初出とされている。 しかし、もともとの原作であるスコットランド人のヘレン・バンナーマン版ではなく、1927年にアメリカで出版されたマクミラン社版にもとづいて出版されたものである。 イギリス陸軍の軍医だった夫に同行していたインド滞在中に、ヘレン・バンナーマンが自分の娘たちのために私家版として作ったのが『The Story of Little Black Sambo』である。 アメリカ版の、フランク・ドビアスのイラストは、インドの子どもをアフリカ系黒人の子のように描き、原著と違い人種差別的な色合いを帯びたものだった。 (もとよりアメリカ大陸やアフリカ大陸にトラはいない。 ) つまり、ステレオタイプ化された黒人像を描いたわけである。 しかも、ストーリーが黒人を蔑視している、などの理由に加え、「サンボ」という呼称そのものが、アメリカでは黒人に対する蔑称でもあり、1960年代の公民権運動のさなかに黒人団体から抗議を受け、絶版になった経緯がある。 しかし、日本では、直接抗議する黒人団体もなく、1980年代後半まで放置されてきたのだが、被差別マイノリティーによる差別語・差別表現糾弾の声の高まりの中で、岩波書店版を初め、全ての『ちびくろサンボ』の絵本が1990年までに絶版となった。 (その後1999年に径書房から原著に基いた『ちびくろサンボのおはなし』が刊行されている。 「サンボ」は、スペイン語の「ZAMBO」(猿、がにまた)を語源としているといわれ、それが、アメリカで黒人蔑視表現としてある。 また、イギリスでは、黒人のことを差別的に表現する際、『ちびくろサンボ』の題名「Sam and the Tigers」をもじって「ST」という略語で隠語的に表わすことがある。 この「サンボ」は、中南米先住民族インディヘナと黒人の子として想定されている。 イギリス社会は差別語使用によって刑罰を受けるため、とくに上流階級は直接的な表現ではなく、物語や古い詩を引用するのだ。 原著は、地元のごく一般的な人名として「サンボ」を使用していた可能性が高い。 しかし、同じ「サンボ」であっても、そうした差別語として使用され、流通してきた経緯があるアメリカなどでは、誤解を招かないように別名にすべきだろう。 しかも、インド人の子どもをアフリカ系アメリカ人の子どもとして、ステレオタイプ的に描いているのだから尚更だ。 卑近な例だが、「バカチョンカメラ」の名称で、コンパクトカメラが発表されたとき、「チョン」という言葉 が在日韓国・朝鮮人に対する蔑称、つまり「チョン公」などと同一視されて使用されなくなった例がある。 言うまでもなく、この場合の「チョン」は「おろかな者、取るに足りない者」などを意味しており、在日韓国・朝鮮人を差別する蔑称「チョン」とは直接関係がなかった。 しかし、意図的に「バカチョン」を在日韓国・朝鮮人差別と結びつけて揶揄するに至って、使用がはばかられるようになったわけである。 外国の書籍や映画を翻訳する場合もそうだが、もともと差別的意図を持たない言葉であっても、それが使われるときの社会関係を考慮して、日本語に訳すなり表記することが大事だ。 黒人キャラクター商品をつくった日本人の制作者に悪意があったとは思いませんが、表現された黒人像は、すでに1930〜40年代のアメリカで批判されてきたものだったわけです。 ステレオタイプ化された黒人像の源流には、あからさまな侮蔑がありました。 その後、マネキンなどは、即刻撤去されましたが、時の内閣をも巻きこんだ、日米間の国際問題にも発展しました。 同じ時期、絵本『ちびくろサンボ』も黒人に対する偏見を助長する内容があるとして抗議を受け、出版各社があいついで絶版にしています。 しかし1991年には、一斉に絶版にしたことの是非をめぐり、さまざまな意見を集めた『「ちびくろサンボ」絶版を考える』(径書房)などが刊行され、その後、ヘンナ・バンナーマンの原作をそのまま日本語訳した『ちびくろサンボのおはなし』(径書房)が1999年に、そして、2008年にフランク・ドビアスの挿絵で、『ちびくろサンボ』(径書房)が出版されています。 出版元の径書房は、「なぜ差別なのか、なぜ絶版にしたのかをきちんと知りたい。 結論を急がず、差別問題を考えるための手がかりとなるような本を、というのが出版の動機だった」と、語っています。 (201P).

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