ウイグル 人 中国。 新型肺炎の患者に肺を移植、拘束中のウイグル人から強制採取か 中国

日本で「ウイグル問題を報じづらい」3つの深刻な理由

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少数民族のなかでも、イスラム教を信仰するウイグル人は、中国共産党にとっては「党以外の存在」に忠誠を誓っているように見える。 彼らは人種や文化習慣の面でも漢民族との隔たりが大きく、中央アジアや中東との結びつきも強いことから、他の少数民族以上に強い警戒を持たれている。 結果、近年のウイグル人への締め付けはいっそう厳しくなっている。 中国は現在、「テロ防止」を最大の名目として国内の治安維持費用に国防費を約20%も上回る予算を投入、さらに国内に1億7000万台近い監視カメラを設置(2017年時点)したり、当局が国民のネット接続を監視したりする監視国家になっているが、その最大のターゲットはウイグル人と言ってもいい。 古くからシルクロードの要衝として栄えたカシュガル市の旧市街。 こうした街並みもどんどん壊されつつある。 2014年3月筆者撮影 新疆は中国の治安機関の見本市 いまや新疆は、のどかなシルクロードのイメージとは裏腹に、強力な監視・警備体制が敷かれる恐ろしい場所になっている。 筆者が2014年春に訪れたときは、街のいたる場所に制服姿の治安維持要員が立哨したり巡回したりしており、城管・公安・武装警察・特殊警察……と中国の各種治安機関の見本市のようになっていた。 これらは現在、いっそう深刻になっているようだ。 また、近年の新疆では多くのモスクが閉鎖されるなど、ウイグル人はイスラム教の信仰を事実上禁止されるに近い状況に置かれており、公教育機関でも、ウイグル人としての民族的なアイデンティティを持ちづらい教育が行われているとされる。 家族や親戚を含めて、国外にいる知人と連絡を取ることも容易ではないという。

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なぜ中国のウイグル人弾圧にイスラム諸国は沈黙するのか?

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イスラム教の祝日、クルバンの期間中に食前の祈りを捧げるウイグル人の男性たち。 2016年9月、新疆ウイグル自治区トルファン。 イスラム諸国は、中国のウイグル人弾圧に対して沈黙を続けている。 ウイグル人は中国西部に住むイスラム教徒の少数民族。 専門家と人権活動家はその理由について、イスラム諸国は中国からの経済的な報復を恐れていると述べた。 また多くのアラブ諸国も人権問題に関しては悪しき実績を持ち、自国の問題に注目が集まることを避けているとの指摘も多い。 イスラム教徒が大部分を占める少数民族ウイグル人への中国政府の弾圧に対し、この数カ月、国際社会からの批判が高まっている。 新疆ウイグル自治区で、子どもたちが遊ぶ街路で警備に立つ警察官。 4月にはアメリカ国務省は、各国の人権状況に関する報告書において、「姿を消した」、あるいは突然身柄を拘束されたウイグル人に。 一方、イスラム諸国は完全に沈黙している。 過去1年間だけでも人権活動家たちは、中国当局がし、よう強制した事実を確認している。 また、国外に逃れたウイグル人に対して、中国当局はよう要求し、提供を拒否した場合は、国内に残った家族を脅迫したとの報告もある。 中国当局は収容所の存在を否定した。 だが、政府が過激派と見なした人向けの「再教育」プログラムの存在を認めた。 Business Insiderは中国政府に接触し、さらなるコメントを求めている。 礼拝後、ひげを剃られるウイグル人の男性。 ひげを剃るに至った事情は分かっていない。 2017年6月、新疆ウイグル自治区カシュガル。 2017年、ミャンマー軍がを弾圧した際には、ヨルダンやイランの市民はロヒンギャとの連帯を示す。 サウジアラビアの国連代表団も。 「」を掲げる国際組織、イスラム協力機構(Organisation of Islamic Cooperation:OCI)も、5月にロヒンギャ危機に対して「適正な調査」を実施する意向を。 ではなぜ、中国のウイグル人弾圧に対して、イスラム諸国は抗議の声をあげないのだろうか? 2012年9月、新疆ウイグル自治区ヤルカンド県で撮影された壁画。 意味は「安定は福、動乱は災い」。 中央アジアから中東にかけての地域では、さまざまな国がに参画している。 一帯一路構想は2013年に提唱された巨大プロジェクトで、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニアの80近くの国々を鉄道、海上交通路、他のインフラ・プロジェクトで結びつけようというもの。 これらのインフラ事業の多くで中国は、信用格付けの低い国々に対して巨額の貸付を行っている。 、すでに返済が難しい状況に陥っている国もある。 新疆ウイグル自治区での弾圧に対してイスラム諸国が批判の声をあげない背景には、中国とのこうした経済的なパートナーシップの存在があるだろう。 シドニー工科大学で中国政治を研究するシモーネ・ヴァン・ニーウェンハウゼン氏は、「ほとんどの国と同じように、イスラム諸国の多くでも中国との経済的な関係がますます強まっている」とBusiness Insiderに語った。 「新疆ウイグル自治区の状況を批判すれば、中国との経済的な関係を損なう恐れがあるという考え方が広まっている。 したがって、批判することに関心を持たない」 サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と中国の習近平国家主席。 2016年9月、中国・杭州にて。 「一帯一路構想を通した巨額の貿易と投資機会、そして中国からの債務負担によって、イスラム諸国は沈黙を守るのみならず、中国のウイグル人弾圧に積極的に加担すらしている」 例えば、であるエジプトは、中国のウイグル人弾圧を助長するような行動を取った。 2017年夏、エジプトは理由を明らかにしないまま、ウイグル人留学生を相次いで拘束、弁護士や家族との面会も許さなかったと国際的な人権団体。 エジプト政府は少なくとも12人の中国籍ウイグル人を中国に送還したと。 世界ウイグル会議(World Uyghur Congress)のプログラム・マネージャー、ピーター・アーウィン(Peter Irwin)氏はBusiness Insiderに以下のように語った。 「イスラム諸国はウイグル人を支援し、中国を批判するだろうというある種の期待はあった。 しかし、そうした動きはない。 中国が一帯一路構想のもとで示している経済的な野心を考えると、同構想がどれほどの成功を収めるか否かにかかわらず、今後も批判は起きないと考えられる」 中国のウイグル人弾圧にアラブ諸国が怒らない理由 一帯一路構想のもとで進められているプロジェクト一覧。 2015年12月現在。 Reuters ウイグル人弾圧に対してイスラム諸国が中国に抗議しない理由を、中国への経済的依存のみに求めるのは単純過ぎるだろう。 シドニー工科大学のヴァン・ニーウェンハウゼン氏は、イスラム諸国の多くは人権問題について悪しき実績を抱えており、個人の権利よりも社会の安定を優先している。 そして、これは中国とよく似ていると語った。 中国は新疆ウイグル自治区での弾圧について「平和を守り、テロを防ぐため」と正当化した。 ウイグル人武装勢力は、2009年から2014年にかけて、死者を出した新疆ウイグル自治区での暴動や中国各地でのテロ攻撃を主導したとして糾弾された。 また、多くのアラブ諸国は人権よりも社会の安定を優先させることについて「中国と同様の理解を示している」とヴァン・ニーウェンハウゼン氏は指摘した。 「中東諸国の多くは、自らも人権問題について悪しき実績を抱えている。 これには宗教的少数派への対応も含まれている。 多くの国が人権に対しては中国と同様の認識を持っている。 つまり、社会の安定は個人の権利に勝るという考え方だ」 「こうした考え方は、中国政府が再教育キャンプや他の抑圧的な政策について、その存在を正当化する際に拠り所にしているもの」 Uyghur Bulletin networkのエルキン氏も、ペルシャ湾岸諸国の多くは中国を批判する政治姿勢を取る余裕はあるが、これらの国々は「その大半が極めて独裁的な政治体制をとっており、自国への干渉を避けるために、他国の国内問題には干渉しない」と述べた。 「イスラム諸国がウイグル人に対する恐ろしい弾圧、特に東トルキスタンで行われている文化浄化について沈黙していることは苛立たしいことだが、意外なことではない」(東トルキスタンは、ウイグル人が使う新疆ウイグル自治区の名称)。 エルキン氏はさらに続けた。 「イスラム教徒の連帯という理念が、イスラム諸国が国際政治の場で駆使する外交政策の道具として都合よく使われていることは苛立たしい。 連帯という真のメッセージが失われている」 Business Insiderはイスラム協力機構にコメントを求めたが、返答はない。 中国を批判したトルコに何が起きたか トルコのエルドアン大統領と中国の習近平国家主席。 2017年5月、北京。 2009年、当時のレジェプ・タイップ・エルドアン首相(現在は大統領)は、。 さらに「これだけの事件に対して、中国首脳が傍観者の立場を取り続けていることは理解に苦しむ」と述べた。 この発言の直後、中国国営の英字新聞チャイナデイリーは「事実を捻じ曲げるな」という見出しで、エルドアン氏に発言の撤回を迫る。 さらにトルコは2015年、中国から逃れたウイグル人難民に避難所を提供、これに対してチャイナデイリーは「両国のつながりに悪影響を及ぼし、協力が頓挫する恐れがある」と。 エルドアン氏は最近、この問題に対して発言していないが、中国国営メディアによるトルコへの警告は続いている。 トルコは8月に入って、。 そんな中、中国国営の英字紙グローバルタイムズは、中国による経済支援を提案しつつも、もう2度と「新疆ウイグル自治区での民族政策に対して無責任な発言」を行わないように警告する。

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【中国共産党の臓器狩り】100万人を超えるウイグル人を収容所へ

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スポンサーリンク 広大な国土を持つには、多数派を締める漢民族以外にも多くの民族が暮らしていますが、その一つがウイグル族(ウイグル人)と呼ばれる人々。 中国における少数民族の一つで、これまでは中国国内のチベット民族に対する弾圧が注目されてきたため、そのチベット民族の影に隠れていたウイグル人達はあまり注目の的になっていませんでした。 しかし、中国国内でのウイグル人に対する問題が拡大してきた結果、特に西洋のメディアなどにおいて、新疆ウイグル自治区に住むウイグル人が注目されるようになってきています。 この記事では、そのウイグル人について、基本的な概要から中国との関係などまで見ていき、また、ウイグル人問題において鍵を握るトルコとの関係も見ていこうと思います。 ウイグル人(ウイグル族)とは? ウイグル人またはウイグル族とは、 中国にある55の少数民族のうちの1つで、その中国の少数民族の中では最大とも言える数( 1100万〜1500万)を誇っているグループ。 国土の最も西の地域に集中して居住しており、人種的には テュルク系 (注)の遊牧民族 (トルコ人、アゼルバイジャン人、トルクメン人、キルギス人、ウズベク人など)の末裔で、 文化的にも言語的にも、多数派である漢民族とは共通点はほとんど持っていない人々です。 過去には「イタリアの小作人」と表現されたこともあるように、日本人と近い外見を持つ「漢民族」に比べて、• 体格は大きめ(恰幅が良い)• 肌はより浅黒い• より地中海沿岸に暮らす人々に似ている といった外見的特徴を有するのが目立ちます。 ただし、より地中海沿岸の人々に外見が近いと言っても、コーカソイドである南ヨーロッパ人やトルコ人に比べると、 コーカソイドとモンゴロイドの中間のような外見 (いわゆる中央アジア系の外見)を持っている違いを見つけることが出来ます。 そんなウイグル人は現在、国際社会によって度々注目されることがあります。 国土をめぐる複雑な歴史問題などから、一部のウイグル人が中心となって中国政府からの分離独立を求めて活動している一方、一連の行動をテロ行為とみなした中国政府によって、 人権を無視した弾圧行為が行われているとされるのがその理由です。 (注釈)テュルク系民族とは、中央アジアを中心にシベリアからアナトリア半島にいたる広大な地域に広がって居住する、テュルク諸語を母語とする人々のこと。 民族的にはトルコ人と共通した祖先を持つとされ、トルコ人も含めた大枠での民族グループを指す名称。 ウイグル人達の主な居住地 中国にいるウイグル族の大半は現在、新疆 (しんきょう)地区に居住しています。 正式名称は「 新疆ウイグル自治区」で、分離独立派の人々からは「 東トルキスタン」の名で呼ばれており、世界でも有数の、 地理的な変化に富んだ地域で、湖や砂漠、草地、山々に囲まれているのが特徴的です。 ウイグル自治区の首府はウルムチで、古くからあるシルクロードの中継地であり、実にさまざまな文化が交わる場所となってきました。 一方、新疆ウイグル自治区に住むウイグル人のおよそ8割は現在、同自治区の南西地域、天山山脈によって他地区と隔たれた タリム盆地周辺に居住しているとされます。 ちなみに、ウイグル人の大多数は中国国内に暮らしていますが、中央アジアを中心としたその他の国にも居住しており、以下の国には比較的多くのウイグル人が確認されています。 カザフスタン(約23万人)• ウズベキスタン(約5. 5万人)• キルギス(約5万人)• トルコ(約4〜5万人)• サウジアラビア(約5万人) ウイグル人の文化 宗教:人口の大半はイスラム教スンニ派 多くのウイグル族の文化や生活の核を成すのが宗教。 現在のウイグル人の大半は イスラム教のスンニ派を信仰するイスラム教徒(ムスリム)で、ムスリムであることがウイグル人のアイデンティティの一部となっていると言われるほどです。 また、同じ様に少数民族として知られる「 回族 (かいぞく、フェイ族とも言われる)」と並んで、ウイグル族のムスリム達は、中国における最大のムスリム集団となっています。 言語:ウイグル語 ウイグル人達が話す言語は、中央アジアで使用されているテュルク諸語の一つである ウイグル語 (厳密には新ウイグル語と呼ばれる)で、同じテュルク系民族の国であるウズベキスタンの公用語「ウズベク語」に近いと言われる言語です。 ウイグル人の伝統的な生活スタイル ウイグル族は伝統的に 土地を耕し、穀物を育て、家畜を飼育することで生活してきました。 残念ながらこうした生活様式は失われつつありますが、そのなごりは毎週日曜日に、ウイグルのコミュニティが存在する、パキスタン、キルギスタン、そしてタジキスタンの国境沿いの町カシガルで開催される市場に残っています。 そこでは地元の農家によって、農作物に加え、羊、ヤギ、馬、ロバ、そしてラクダまでもが売り買いされており、 昔、シルクロードの交易が盛んだった頃には頻繁に見られたであろう売買が行われています。 ウイグル族の料理 世界的にはあまり知られていないものの、ウイグル人が居住する地域で食べられるウイグル料理を試した人は、その美味しさに魅了されると言われます。 その料理は通常、「 新疆料理」と表現される イスラム教の戒律に従った食物ハラール料理 (特定の作法によって加工または調理された、イスラム法の下で食べることが許される料理)。 主に羊肉や牛肉、ラクダ肉を使うことが多く、 中華料理とトルコ料理がバランスよく混ざったような味がすると言われます。 また、料理と一緒に平たいパン (いわゆるピタパンのような物)をよく食べます。 中国との関係も含めたウイグル族の歴史ダイジェスト 中国政府と独立派の対立が続くウイグル族の歴史は、争いに満ちた複雑なものです。 意見が分かれるウイグル族の起源 まず、ウイグル人の歴史家達は、現在の新疆ウイグル自治区がある地域に、およそ9千年間も暮らしていると主張しています。 対して中国側は、現在「ウイグル人」と呼ばれる人々は、9世紀に崩壊したウイグル帝国 (744年から840年まで続いたモンゴル高原からジュンガル盆地東部に勢力を誇った遊牧国家)から、新疆に逃れてきたテュルク系遊牧民の直系の子孫であるという見解を一貫して示しています。 ゆっくりとイスラム化が進んだことに関しては意見は一致している 一方、両サイドが争うことなく一致している見解は、10世紀から始まり、17世紀までかけてゆっくりと進んだウイグル人のイスラム化に関することです。 文化の部分でも触れた通り、イスラム文化は現代のウイグル文化の核をなし、彼らのアイデンティティを大きく特徴づけます。 漢民族の清による支配から中華人民共和国による現在の支配まで そして、18世紀後半に新疆一帯が中国最後の王朝「清」の手に落ち、「漢民族」に支配されるようになってからも数世紀の間は、 緩い支配体制によって現地のウイグル人達は、イスラムを核とした自らの文化や宗教を、ほとんど自由に実践することが可能な状況にいました。 しかし、共産党が支配する「中華人民共和国」となった後の1955年、中国政府によって同地域が「新疆ウイグル自治区」となってからは、ウイグル人達を取り巻く環境が徐々に変化していくことになります。 例えば、• 1962年• 中国が施行した農業と工業の大増産政策「大躍進政策」が失敗すると飢饉が起こり、中国共産党による支配に絶望した国境地帯の住民7万人以上がソ連領内に逃亡した• 1966年• 文化大革命の波及によって、同地域でもウイグル人にとって大切なイスラム教のモスクなどの一部が破壊された• 2001年以降• 近年の世界的な反テロ的な潮流 (特にイスラム教徒に対して)が強まったことで、人口の大半がムスリムであるウイグル族は弾圧の対象となっている• ウイグル自治区内のいくつかの地方政府が、イスラム教徒にとって大切なラマダン(断食)を恒常的に禁じた• 「中国は(ウイグル)文化の平和的表現を分離主義活動とみなして非合法化した」とアムネスティ・インターナショナルが2013年に報じた など といった感じで、ここ 数十年の間にウイグル族を取り巻く環境は悪化していったと言えるのです。 中華人民共和国は同地域を公式に自治区として指定しましたが、ウイグル文化の抑制と、産出される豊富な石油への権利拡大のために、近年では漢民族の大量移民を認めて非ウイグル人の人口割合と影響力を高め、ウイグル人の力を弱めようとしていると言われます。 このような状況の中、中国に住むウイグル人の環境は年々厳しさを増していると考えられるのです。 トルコを軸に見るウイグル人 ウイグル人について、中国との関係を基本としながら、その概要から歴史までを見てきましたが、ここからは焦点が当てられることは少ないものの、実はウイグル人を知る上で結構大切な、同じテュルク系民族の国家「トルコ」との関係を中心に、ウイグル人に関して見ておきたいと思います。 トルコはウイグル人を寛大に扱っている 高まる中国政府による弾圧の結果、新疆ウィグル自治区に暮らしていた多くのイスラム系ウイグル人達が、東南アジアなどを経由して中国から避難するケースが増加していますが、その後、 多くのウイグル人は、 民族的そして文化的に強い結びつきのあるトルコへ難民として受け入れられています。 これは特に、トルコ国内の民族主義者達が同じテュルク系民族のウイグル人を、大きな意味で「 ユーラシア大陸の縦横に広がるテュルク語族として血縁関係にある人々」と考えているから。 トルコの民族主義者達がトルコ政府に働きかけた結果、トルコ政府はウイグル人を中国からの難民として認定し、さらに、 ウイグル人達がトルコ国内から中国政府の弾圧に対して抗議することも容認しています。 また、1965年にトルコ政府は、中国から逃れ、 徒歩でアフガニスタンを目指してやってきた200人に上るウィグル人へ「 保護地区」を提供した点も、ウイグル人に対するトルコの姿勢を示す良い例でしょう。 トルコ政府は、彼らウイグル人をアフガニスタンの首都カブールから飛行機に乗せて救出し、トルコ中部の都市カイセリに居住を許可したのです。 ちなみに、トルコによるウイグル人の保護は少なくとも1950年代にまで遡るとされます。 その当時のウイグルの指導者「エイサ・ユスプ・アルプテキン」が、1949年に中国から逃れてインドへ亡命した後の1950年代、トルコ政府はアルプテキンをトルコへ受け入れて保護しているのです。 合わせて読みたい世界雑学記事• ウイグル人をとりまく民族問題はウイグル族の歴史同様に複雑なものですが、結局は、宗教も含めた文化と経済の問題に行きつくと言えるでしょう。 ウイグル族の話す言語は標準中国語とは全く関連がなく、その文化は中国よりも、中央アジア諸国のいくつかや、中東地域の近隣国と似通っています。 また、民族的にも文化的にも近いトルコは、これまで多くのウイグル人を難民として受け入れてきていますが、今後、このことがキッカケで、トルコと中国の外交関係が脅かされる可能性があるとも示唆されています。 とにかく、ウイグル人は様々な問題を抱えながら生きている人々であり、国際社会においても今後注目が増えて行く可能性があると言えるでしょう。

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